あなたを苦しめるだけの存在なら、この世界から消えてしまいたいと思った。
だけど、消えてしまいたいと思っても消える事は出来ない。
・・・そう何も出来ないんだ。
岳人に想いを伝える事も。
笑って二人を祝福してあげる事も。
ここから消え去る事も。
私は何も出来ない、弱い、弱い、人間だから。
「ごめんね、岳人・・・」
そう言った後、岳人は何も言わなくなった。
こんな静かに授業を受けるなんて初めてかもしれない。
ノートを開けると真っ白で、それがどれだけ授業を聞いてないかを物語っていた。
・・・ずっと岳人と喋ってたから。
もうあの頃には戻れない。
そう思った瞬間、白いノートに水滴が染み込んだ。
雨。
開いた窓からぽつぽつと雫が落ちてくる。
さっきまで晴れていたのに。
そっと窓を閉める。だんだん酷くなる雨。
窓に少し寄りかかって、冷たくなった窓で頭を冷やした。
ザァーザァー。
窓に打ち付ける雨が、私の気を紛らわしてくれる唯一の救いだった。
キーンコーンカーンコーン。
雨の音に負けないように学校のチャイムが鳴り響く。
長い、長い、授業が終わりを告げた。
バタン、と教科書を閉じる音。
ガチャガチャ、とシャーペンを筆箱に直す音。
バイバーイ、と友達に別れを告げるクラスメイトの声。
ザァーザァー、と降り止む気配のない雨。
何もしたくない。ここから動きたくない。考えたくない。
みんなが次々と教室から出る。
そして岳人も・・・
「おい、岳人!今日は体育館でランニングして軽く打って終わりらしいぜ!」
「あれ、宍戸。侑士は?」
「忍足なら、もう先に行ったぜ」
「クソクソ、侑士め!今、行く!」
最後まで岳人がこちらを振り向く事はなかった。
まるで私がそこにいないような、そんな・・・
そうやって少しずつ忘れていけばいい。
そうすれば何も悲しい事なんてない。
また心から笑えるようになるから、
だから今は・・・
今だけは・・・
誰もいなくなった教室で静かに目を閉じた。
「やっぱり泣いてんじゃん」
その声にハッと顔を上げる。
ドアのところに人影が見えた。
金色の髪・・・
「・・・だから泣いてないってば。みんな帰っちゃったよ」
「うん、いーよ。用があるのはアンタにだC」
なんでこんな時に・・・
「岳人の友達が、私に・・・?」
「あれ、自己紹介してなかったっけ?俺、芥川慈郎!ジローでいいからさ!」
「俺は岳人でいーぜ!」
そう言って笑った岳人の顔と、彼の笑顔が被る。
やだ、なんで。
「君はちゃんでしょ?」
「な・・・」
「なんで知ってるかって?俺ってば天才だCー!」
・・・なんだ?
この人も岳人と同じ類の人なのか?
「なんちゃって!がっくんからよく聞いてたからさ!まさか、ちゃんだとは思わなかったからマジびっくりしたC!」
「岳人から・・・?」
「うんうん、なんかクラスにすげー面白い奴がいるってみんなに言ってたからどんな子かなーって」
「・・・そう」
「ちゃんはがっくんの事嫌いなの?」
「っ・・・」
嫌だ。この人。
全てを見透かされてる気がする。
「ジロー・・・くんには・・・関係ないでしょ」
「あるよ」
「ない」
「ある」
「ないっ」
「だって俺、がっくんの友達だもん」
「・・・」
「あんな辛そうながっくん見たくないC」
どうして。
「嫌いなの?」
全て私のせいにしようとするの?
「がっくんの事」
みんなみんな私が悪いって。
「ウザイ?」
わかってるよ、そんな事。
「目障り?」
わかってるから、言わないで。
「がっくんが泣いたら、ちゃんのせいだから」
ほら、積み上げてきたものが崩れる。
「っうぁああ・・・」
決壊したダムのように、涙が溢れ出る。
止まらない、助けて。岳人っ・・・
「やっと泣いた」
気が付けば、私はジローくんに抱きしめられていた。
ぎゅっと強く。
訳がわからなかった。
だけど、その温もりが今の私には温かくて。
泣く事しか出来なかった。
「・・・ごめんね、嫌いなわけないのに・・・」
小さな声だったけど、私の心にはしっかり響いた。
ジローくんの声は苦しそうで。
本当に自分は人を悲しませる事しか出来ないんだって思い知らされた気がした。
い っ そ 嫌 い に な れ た ら
(誰も傷付かなくて、傷付けなくて、済むのに・・・)