なんで、なんで、なんで。
競歩で教室に向かう。
なんで初対面の人にいきなりあんな風に言われなきゃいけないの?
キーンコーンカーンコーン。
始業のチャイムが廊下に響き渡る。
なんで・・・
競歩から駆け足に変える。
わかっちゃったの・・・?
「っすみません!」
息を切らしながら教室のドアをいきおいよく開けた。
みんなの視線が一気にこっちを向いたが、当の先生がどこにも見当たらない。
「先生、用事があって遅れてくるらしいよ。だからそれまで自習だって」
あれ?と思ってたら、それに気付いたクラスメイトが教えてくれた。
席に着こうと顔をあげた瞬間、目に入ってきたものに絶望した。
岳人と城崎さんが仲良さげに話してる。
そして、彼女が座ってたのは・・・私の席。
別に大したことじゃない。
そりゃ斜めより、隣の方が喋りやすいわけだし?
なんたって城崎さんは岳人の彼女だし?
席を借りてるだけじゃない。
そう思おうとしてるのに・・・
気持ちが自分でコントロール出来ない。
まるで生き物のように、私の意と違う動きをする。
「あっさん、ごめんね!」
私に気付いた城崎さんがそう言って席を立つ。
「ううん、座ってていいよ。私、城崎さんの席に座っとくから」
私は城崎さんの席に腰を降ろした。
小さな声だったけど、「ありがとう、ごめんね」と私の席から聞こえた。
私、今、ちゃんと笑えてたよね?
「無理して笑ってるのバレバレだC」
「っ―――」
酷く響いた、あの一言。
「お前、昼休みどこ行ってたんだよ。飯も食わねーでさ」
隣からじゃない、斜め後ろから聞こえる岳人の声。
『飯も食わないで』ってあたりから、きっと私に話しかけてるんだと思う。
だけど、振り向けなかった。
「おい、?・・・無視かよ」
なんで私に話しかけてくるの?
隣に城崎さんがいるじゃない。
やめて、やめて、やめて。
「岳人・・・、さん体調悪いのかもしれないし」
城崎さんの声が私達の間に入った。
「・・・そっか」
これで良かったんだ、これで。
そう思ってるのに、目頭が熱くなる。
チャラララ、チャラララ♪
今の心情に、雰囲気に、合わないメロディが突然流れる。
「あっ!マナーモードにすんの忘れてた!」
「先生いなくてよかったね」
「ほんと。没収されるところだったぜっとー・・・誰からだよ・・・ジロー?」
「ジローってテニス部の?どうしたの?」
「そうそう。辞書ないから貸してほしいらしいんだけど、みんな授業中で借りれないって」
「じゃあ、今授業受けてないの?」
「・・・みたいだな。い、ま、先生、いねーから、っと」
2人が話している声が聞こえる。
けど周りがザワザワしてて、何を話しているのかわからない。
教室を見渡す。
みんな楽しそうに話してるなぁなんて。
自分も昨日までそこにいたはずなのに。
何も見たくなくて、何も聞きたくなくて顔を伏せた。
「がっくーん!!」
いきおいよくドアを開ける音がして、思わず伏せていた顔を上げる。
定まらない視点を、ドアの方に向けるとそこにいたのはさっきの・・・
「・・・うそ」
なんでか知らないけど、女子達はキャーキャー騒いでいる。
(な、何事!?)
私は今何が起きているのか全然わからなかった。
「ジロー、お前もっと静かに入ってこいよな!んで、その呼び方恥ずかしいからやめろ!」
後ろから岳人の声がして。
(え、知り合い?)
そう思った瞬間、もう遅かった。
「あれ・・・?さっき泣いてた子だ」
「え?」
私が答える前に、岳人の声がした。
「・・・なんかあったのか?」
「ん〜?あったっていうか・・・」
「っ、やめてよ!!」
気付けば大声を張り上げていた。
折角・・・折角上手くいきかけていたのに。
私が諦めれば上手くいくのに。
お願いだから、掻き回さないで。
キッと、彼を睨みつけた。
怒ってくれたらいいのに。
彼は怒るどころか、静かに、悲しそうに笑うだけ。
やだ、やめて。
私、どんどん嫌な奴になってく。
シーンと静まり返った教室から騒めきが聞こえる。
嫌い、嫌い、嫌い。
素直になれない自分も、人を傷つける事しか言えないこの口も。
ガラッ。
もう一度ドアを開ける音が聞こえた。
そこには資料を抱えた先生がいた。
助かった、と思ってしまった。
「おい、お前ら席に着けよー!芥川、お前このクラスじゃないだろ」
「あ、バレちった!すみませんでしたー!」
「ジロー!お前、辞書!」
「あ!そうだった、センキュー!」
頭をガシガシかきながら、彼は笑って私から離れていく。
みんな、みんな、私から離れていく。
全部、自分のせいで―――。
「さん・・・大丈夫?」
気が付けば、隣には城崎さんが立っていて。
一瞬なんだろうと思ったが、ここは城崎さんの席だった事を思い出す。
「ごめんね、大丈夫」
足が震える。手が震える。
体が言う事を利かない。
自分の心なのに思い通りにならない。
一人の男の子を好きになっただけでこんなに自分が脆くなってしまうだなんて思いもしなかった。
「なあ、お前本当に大丈夫か?」
自分の席に戻ってきた私に、岳人が声をかけてきた。
「・・・大丈夫だよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」
二ッと口端を上げて笑う。
大丈夫、私はまだ笑える。
あんな人の言う事、真に受けちゃ駄目だ。
「俺をバカにしてんの?」
頬が引き攣る。
な・・・んで?なんで、そうなるの?
私はただ―――
「今の、すげー不細工」
あなたが好きなだけなのに。
「っ―――」
言い返せ。いつも通りに、言い返せばいいんだ。
言葉が出ない。唇が震える。
「俺には言えない事なのかよ」
悔しそうにする岳人をみて、目頭がまた熱くなった。
あなたを悲しくさせてるのは、そんな顔をさせてるのは、私なの?
好きな人を悲しませる事しか出来ないのなら、私はいない方がいいのかもしれない。
「ごめんね、岳人・・・」
大好きだよ。
勇 気 を く だ さ い
(あなたにさよならと言える、勇気を)