笑いたいのに、笑えない。
岳人と一緒にいたいのに・・・いられないんだ。
「岳人っ」
そう言って城崎さんが岳人の元に駆け寄ってくる。
動作一つ一つが可愛くて、岳人が好きになるのもわからなくもないなと思った。
自分が持っていないものを、彼女は持っている。
きっとそれが、私が岳人の彼女になれなかった理由。
もう諦めなきゃいけないって、わかってる。
わかってるけど、
「ごめん、先食べといて」
そんなすぐ状況を呑み込めるほど、私は出来た人間じゃないから。
私は友達に、そう一言言い残して教室を出た。
息が詰まりそうだった。涙が出そうになった。
2人がいる教室にいるのは辛かった。
だから・・・逃げたんだ、私は―――。
気が付けば、中庭に来ていた。
けど、何がしたいわけでもない。
頭がぼーっとする。自然と足は中庭の端に向かっていた。
自分が、心が、一人になる事を欲していた。
そして崩れるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
悲しい。寂しい。辛い。
だけど、涙は出なかった。
そして初めて気付いた。
こんなにも岳人が好きなんだって。
けど、もう遅い。原因は、私の心無い一言。
こんな事なら、言わなきゃよかった。
木にもたれて、空を見上げる。
木々の間からは木漏れ陽が。
その向こうには大きくて青い空が。
手を伸ばせば掴めそうなのに・・・掴めないんだ。
「岳人・・・」
呼んでも届かない。私だけの特等席。
授業中、岳人と喋れるのも。“岳人”って呼べたのも。
全部私だけだったのになぁ・・・
「なあ、お前。名前は?」
岳人と初めて話した日の事は鮮明に覚えている。
初対面で『お前』とか失礼じゃない?だから可愛げもない返事をした。
「私はお前じゃありません。あんたこそ誰よ、人に名前を聞く時は自分から名乗るもんでしょ」
本当は知ってた。
“向日 岳人”
氷帝のテニス部は強いって有名だもん。
それにかっこいいって女の子達はキャーキャーはしゃいでるから嫌でも耳に入ってくる。
だからいつの間にか覚えてしまってたんだ、その名前を。
だけど、わざと知らないふりをした。
「・・・」
「・・・」
気まずい空気が流れる。
「・・・それもそだな」
「・・・は?」
「俺は向日岳人!好きな食いもんはから揚げとー」
「ちょ、ちょちょちょ!そこまで聞いてない!」
なんなんだ、一体。
テニス部はかっこいいってチヤホヤされてるから、てっきり気取ってる人間ばっかりだと思ってたけど・・・
なんだ、拍子抜け。
「で、名前は?教えろよな」
「だよ」
「ふーん・・・じゃ、な。俺は岳人でいーぜ!」
(え、いきなり呼び捨て?!)
「ねえ・・・あんま喋りかけないでほしいんだけど・・・」
私が気にしてるせいもあるのかもしれないけど、みんなの視線が気になる。
ほら、テニス部って格好いいって言われてるわけでしょ?
仲良くしてたら嫉妬とかでいじめられそうだし。
「なんでだよ」
向日の声がさっきと違って低くなったのがわかった。
怒らせてしまったかもしれない。
そりゃそうだよね、「喋りかけるな」って言われて良い気しないよね。
「向日はテニス部なんでしょ?ファンの子達にいじめられるなんて真っ平御免だからね」
「・・・あれ、お前俺がテニス部って知ってんの?」
「そりゃ、有名だもん」
思わず口に手をあてる。やってしまった。
折角知らないふりしてたのに、自分からバラすなんて馬鹿すぎる・・・
「そうなったら、俺が守ってやるよ」
どうせまたからかってくるんだろうと身構えてたから、予想もつかなかった言葉に呆気にとられる。
二ッと笑うあいつ。
冗談か本気かわからない。
わからなかったけど、とても嬉しかったのを覚えている。
守ってくれるって、そう言ったのに・・・
第 一 印 象 は 最 悪
(岳人の嘘つき・・・)