同じクラスだったから、席が近かったから・・・
偶然にも聞こえてしまったんだ。
ううん。私の場合、“聞いていた”の方が正しいのかもしれない。
だって・・・向日くんの事がずっと好きだったから・・・



一目惚れだった。
テニスコートの隣をたまたま通りかかった時に目に入った、彼の姿。
フェンスの周りは女の子がいっぱいで近付く事すら出来なかった。
だけど、私が今立っているところは彼らから遠い位置にあって、ほとんど人はいない。
私はみんなの中に入って応援したりするようなキャラじゃないし、そんな勇気これっぽっちもないから。
ここで見ているだけで十分だった。
女の子達は「キャー忍足くーん!」「かっこいー!」と、黄色い声援を送っている。
“忍足くん”という存在が大きすぎて、誰もが彼に釘付けだった。
だけど、私の視線は彼じゃなく隣で楽しそうに飛び回る彼を捕らえた。
名前すら知らなかったあなたに私は釘付けになった。
飛んで、回って、笑って。そして―――真剣な顔。
ここからじゃ見えないはずの彼の表情が手に取るようにわかった。
フェンス越しに女の子が叫んで、彼が笑顔で手を振る。
初めて知った、彼の事。
初めて知った、彼の名前。

「向日くーんっ!!」

向日くん・・・って言うんだ。
楽しそうだけど、真剣で。
テニスなんて全然知らないのに、彼を見ているとこっちまで心弾むようなそんな感覚に陥る。

「・・・頑張れ」

気が付けば無意識に漏らしていた、彼への小さな声援。
誰かに聞かれてたらどうしようかと思ったけど、周りには誰も居なくて。
ほっと胸を撫で下ろした。
そしてそのままその場を後にした。
また、どこかで会えればいいなと淡い期待を抱いて・・・



だけど、接点のなかった私達は運が良くて廊下を擦れ違うくらい。
もちろん挨拶なんて出来なかった。だってあなたは私を知らない。
私は知ってても、あなたは知らない。
声をかけても「誰だ?」って言われるのがオチだ。
そう思うと行動に移せなかった。移すのが怖かった。



けど、三年生になって向日くんと初めて同じクラスになれた。
嬉しくて、嬉しくて。
家に帰ってベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めていつもなら出さないような大きな声で叫んだ。
顔が緩んで、にやける。じっとしていられないくらい嬉しくて。
席近くなれたらいいなぁ・・・
向日くんって何の話が好きなんだろう・・・やっぱりテニス?
挨拶したら返してくれるかな・・・
頭に浮かぶのはあなたの事ばかりで。
正直、病気なんじゃないかと思った。
だって私、初めてあなたを見つけてからあなたの事ばかり考えてる。
好き、好きなの。あなたへの想いなら誰にも負けない。
勇気が欲しい。チャンスが欲しい。あなたとの接点が欲しい。
どうか、どうか、どうか―――。
夜空に煌めく星達に向かって何度もお願いした。



そんな事しても無駄なのはわかっていた。
だけど、何もせずにはいられなかった。
席替えの結果は一番前。
向日くんは一番後ろの窓際から二番目の席。

(はは、馬鹿だな・・・自分・・・)

星にお願い事して自分の思い通りになるなら、世の中めちゃくちゃになってるよね。
はぁ、と一つ溜息をつく。せめて向日くんより後ろがよかった。
そしたら、授業中も彼の事を見ていられるのになぁ・・・

「先生、この席黒板よく見えないんで前行きたいんですけど」
「じゃあ一番前に来るか?えー・・・城崎、席変わってやってくれないか?」

いきなり先生に話を振られて、ハッと我に返る。
先生が指差す方を振り返れば、そこは向日くんの斜め前の席。

(う、そ・・・)

目の前の現実をすぐ受け入れる事が出来なかった。
だって、まさかこんな形で向日くんの近くの席になれるなんて。

「城崎、どうだ?」
「えっ、あっはい!いいです」

どうしよう、嬉しすぎる。
私は横にかけてあった鞄を手に取り、後ろの席に移動した。
途中、席を変わってほしいと言われた男子に「ごめんな」と言われたけど、こっちからすればお礼を言いたいほどだった。
席が近付くほど、心臓の音がうるさくなって。
顔が熱くなるのがわかる。椅子を引く手が震える。
平静を装って、席に着く。緊張で、頭が真っ白になる。

「城崎さん、教科書忘れたの?見る?」

じっと座ってたら、いきなり隣から声をかけられて心臓が飛び出そうになった。
顔を上げて、隣を見ると彼女の机には教科書が広げられてて手にはシャーペン。

「じゃあ、授業始めるぞ」

その声に視線を前に戻せば、教卓には先生が立っていた。
そして気付く、授業が始まった事に。

「あっごめんね、大丈夫。ありがとう」

隣の子に小声でお礼を言って、鞄から教科書やノート、筆記用具を取り出す。
シャーペンを握って、先生の話に耳を傾けた時だった。

「なあ、お前。名前は?」

斜め後ろから小さく聞こえた彼の声。
落ち着きかけてた鼓動が、再び高鳴る。
頭を動かさないようにして、そっと視線だけ動かして彼の方を見る。
彼の視線の先は隣に座ってた、さん。
さんはチラッと向日くんを見て、再び視線を前に戻す。
あまりジロジロ見てたらばれると思い、私も視線を前に戻した。
シャーペンを握って、黒板に書かれる白い文字を写す。
だけど私は全然集中出来なかった。

「私はお前じゃありません。あんたこそ誰よ、人に名前を聞く時は自分から名乗るもんでしょ」

自分の耳を疑った。
さんとは話した事なかったから、どんな人か知らなかったけど・・・
自分の思った事、言いたい事を言える人、そういう人なんだと思った。
そして同時に羨ましかった。思った事を率直に言える、彼女が。
私とは正反対の彼女が・・・
それからずっと、授業中聞こえるのは向日くんとさんの会話。
本当に小さな声で、私の席でも聞こえるか聞こえないかぐらいだったけど・・・
羨ましかった。
出来る事なら、私がさんになりたかった。
ずっと向日くんと話せたらどれだけ幸せだろう。
嫌いな数学の授業も楽しみになるのかな。
どれだけ望んでも、どれだけ願っても、それだけは手に入れる事が出来なかった。
だけど、聞いてしまったんだ。

「どっちが先に彼氏彼女が出来るか勝負なっ!」
「え、ちょっと」
「負けたら勝った奴の言う事を一つ聞くってのでどうだよ」
「・・・うん、そうだね」

チャンスだと思った。
卑怯だと思われるかもしれない。最低と言われるかもしれない。
だけど、今しかないと思った。
可能性は正直言って0に近かった。
向日くんと話した事も接点もほとんどない。
もしかしたら私の名前すら知らないかもしれない。
だけど、だからこそ、今がチャンスだと思った。
彼女が出来れば、向日くんはさんに一つ言う事を聞かせる事ができる。
向日くんはきっとさんの事が好きだから・・・さんに言う事を聞かせたいと思う。
たとえ、それが私にとってマイナスのことであっても・・・
向日くんの隣にいさせてくれるなら、構わないよ。
卑怯な女でごめんなさい。

さん・・・ごめんね・・・





教室で言う勇気なんてなかったから、部活に向かう向日くんを追いかけて人のいないところで携帯の番号とアドレスを聞いた。
緊張で声は震えるし、スマホをタップする手は震えるしで恥ずかしくて顔が真っ赤になった。

「お前、大丈夫か?熱あるんじゃねーの?」

そんな言葉かけてもらえると思わなかったから・・・やばい、すごく嬉しい。

「大丈夫っ、ご、ごめんね。打つの遅くて」

向日くん部活なんだから早くしないと!そう思ってもなかなか手は動いてくれなくて、気持ちだけが焦る。
それをじっと見ている向日くんの視線が痛い・・・

「打つの遅いな、貸してミソ!」
「え、わっ」

ヒョイッと携帯を取り上げると、ものすごいスピードで打ち込んでいく。

(は、早・・・!)

思わずそれに目を奪われてると、いきなり自分のスマホが目の前に突き出される。

「わ、あっありがとう!」
「おう!じゃあな」

そう言い残して階段を降りていく、向日くんの背中を見送った。
嬉しすぎて、顔が熱い・・・



正直言って今日告白するだなんて実感がわかない。
告白する事があってもまだまだ先だと思っていたから、なんて言ったらいいかわからないし。
だけど、今日という日を逃したら一生無理な気がするから・・・
自信も勇気もないけど、さんみたいに強くないけど・・・
頑張ろうと思った。



そして夜、向日くんに電話をした。
心臓の鼓動が速くなる。

『はい』

向日くんの声が、電話越しに聞こえて頭が真っ白になる。
言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ。
そう思ってるのに口が動かない。

『・・・もしもし?』

何やってるの!早く、早く言わなきゃ・・・

「っ―――」
『城崎だろ?どうした?』

『城崎』

名前・・・初めて呼んでくれた・・・

「む、向日くん・・・ごめんねっ、いきなり電話して・・・」
『ん?全然構わないけどよ。何か用か?』
「ううん、違うの。聞いてほしい事があって」
『え、何?』
「っ、」

頑張れ、言え、言え、言うんだ・・・!

「好き、です・・・」
『え・・・』
「向日くんは私の事知らないだろうけど、ずっと好きだったの」
「・・・」
「つ、付き合ってください・・・!」

言った。言えた。
気持ちを伝えれた喜びと同時に不安が体中を駆け巡る。
向日くんの返事が怖い。祈るように私はぎゅっと目を瞑った。

『・・・ありがとな』

沈黙が流れる。気持ちが押し潰されそうになる。

『俺でよければ・・・その・・・お願いします』

夢だと思った。
無理だと思ってたから・・・けど、嬉しいはずなのに、悲しかった。
私の事ほとんど知らないのに付き合ってしまうほど、さんの事が好きなんだって思い知らされた気がしたから。
きっとこの様子じゃ向日くんは自分の気持ちに気付いてないと思うけど・・・
向日くんはちゃんと私を見てくれてる?私を通して、誰を見てるの?
けど、そんな事言う勇気なんてなかった。
たとえ私を見てくれてなくても、気持ちがここになくても、それでもいいと自分で決めたんだから。
あなたの隣にいられるならそれでいい。

「岳人って・・・呼んでもいい?」

悪足掻きだった。
少しでも近付きたくて、少しでもさんを追い越したくて必死だった。

「おう!・・・えーっと・・・よろしくな、へへっ」

小さく照れ笑いをする、向日く・・・じゃなくて岳人の声が電話越しに聞こえる。
幸せだと思った。
さんに嫌われるかもしれない。
それでも構わないと思った。
あなたと一緒にいられるなら、私はなんだってする。
たとえ、それがさんを傷付けてしまう事になっても・・・





そして次の日、教室に入ろうとしたらたまたま岳人と一緒になって。

「あっ城崎・・・おはよう」
「・・・おはよう」

岳人は照れたように私にそう言うと、満面の笑みで自分の席へ向かった。
岳人は満面の笑みだったけど、さんの顔は少し引き攣っているように見えた。
何の話をしているのか気になる。
私はそっと岳人の後ろまで行き、さんに「おはよう」と声をかけた。
さんからの返事はなかった。
いつもの、強い彼女がそこにはいなかった。



居 心 地 の い い 場 所

(お願いです、岳人の隣を、この居場所を私から奪わないで)



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