家に着いて傘を閉じると、制服はびしょびしょで。
足元なんて言うまでもなく、水浸しだった。
それを見たお母さんに「先にお風呂入りなさい」って言われて。
スマホをマナーモードにしたままお風呂に入った。
まさか、あいつから電話がかかってくるなんて思いもしなかったから。



冷たくなった体が、どんどん温かくなってく。
そして思い出す。岳人の顔。
土砂降りの雨の中、傘もささずに走ってきて。
何か用なのかと思えば、特に用はなくて。
だけど、顔を真っ赤にしてた。

「気付いたら、体が勝手に動いてて。ここにきてた」

嬉しかった。
土砂降りの雨の中、私を見つけてくれた事。
だけど辛いんだよ・・・
岳人はそこにいるのに、手を伸ばせば届くのに・・・
岳人には城崎さんがいる。
優しくされればされるほど辛い。忘れられなくなる。
心が、体が、あなたを欲してしまう。
だから・・・





!」

名前を呼ばれてハッと目を覚ます。

「いつまでお風呂入ってるの!?」
「えっ、私寝てた・・・?」

「もう出る!」大きな声でそう返事をして、お風呂から上がる。
お湯が気持ちよくて、ついつい寝てしまってた。
若干、手足がふやけている気がする。

「今、何時なんだろ・・・」

タオルの横に置いてあったスマホのディスプレイを確認する。
そこには大量の不在着信の文字が並ぶ。
「は?」

あまりの数に思わず声を漏らす。
よく見るとそこには・・・“向日 岳人”の文字。

「なん、で・・・」

何の電話?これだけかけてくるってことは急用・・・?

ヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴ

かけ直そうかどうしようか、悩んでたらいきなりスマホが震えだす。
そして再び表示される岳人の名前。

どうしよう。

ヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴ

でも、急用かもしれないし・・・

ヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴ

応答ボタンをこれでもかってくらい強くタップして、スマホを耳に当てる。

「、もしもし?」
『・・・やっと出た』
「ご、ごめん。お風呂入ってたら寝ちゃってて」
『そっか・・・なあ、今外出れるか?』
「え、でも雨・・・」
『そんなもんとっくに止んでるぜ』
「・・・うそ」
『お前ん家の前で待ってっから』
「えっちょ」

ブツッ、ツーツーツー

うそ。岳人がそこに、すぐそこにいる。
嬉しいけど、素直に喜べない。
自分の部屋に戻って、急いで服を着替える。
濡れた髪もそのままで、私は外へ飛び出した。
家の塀にもたれかかってる岳人を見つけた。

「岳人・・・」
「髪の毛・・・乾かしてねーのかよ」

濡れた髪が冷たくなって頬を掠める。

「岳人だってずぶ濡れじゃん・・・」

いつから待っててくれたんだろう。

「俺は平気なの」

そう言って笑う岳人を見ると、胸が苦しくなる。

「バカは風邪ひかないって言うもんね」
「なんだよ、それ!」

何の為に岳人はここに来たのだろう。
聞きたいけど、聞けない。
聞いてしまったら終わりなような気がする。

「なあ、

いきなり名前を呼ばれて心臓が飛び出そうになる。

「お前、ジローの前で泣いたのかよ?」
「、っ」

なんでそれを・・・

「ジローくんから聞いたの?」

沈黙が流れる。
岳人は私から目を逸らして一言「ああ」と言った。

「ジローにそう言われて腹が立ったんだ」
「・・・」
「んで、あいつを殴った」
「は!?」
「悔しかった。の事、一番よくわかってるのは俺だけだと思ってたから」
「―――っ」

ねぇ・・・

「お前が泣きそうな顔して無理して笑ってんの、もう見たくねぇって」

それって・・・

「そう思った」

岳人も・・・

「今更気付くなんて、相当バカだよなっ」

はは、と小さく笑う岳人。
けどその笑みもすぐに消えた。

「俺、の事が好きだったんだ」

なんで・・・

「泣いてんのさ、バカ岳人!」
「泣いてねーよ、雨だよ雨!」

「好きだった」

それでもあなたの想いは過去形だから。
今は城崎さんがいるから。
私たちの想いが交わる事はない。

泣くな。泣くな。泣くな。

「我慢しなくていいじゃん」

でも、泣いちゃ駄目なんだよ・・・
押し込めた想いが溢れるから、我慢出来なくなるから。

「守ってやれなくて、ごめん」

岳人が漏らした言葉に自分の耳を疑った。

「そうなったら、俺が守ってやるよ」

「っ―――、」

覚えてて、くれたんだ・・・

「じゃあな、バカ

行かないで。そう言いたかった。
手を伸ばせば届く。岳人はそこにいるんだよ。
だけど私の特等席はもう・・・そこにはないんだよね・・・

「がく・・・と・・・っ」

恋がこんな苦しいものだとは思わなかった。
言葉がこんなに重いものだとは知らなかった。

想いが実らなくても、
それでも君が、岳人が、

「好きでした」

岳人には届く事のない私の想い。





(曇った空には、一筋の綺麗な虹が、ありました)



inserted by FC2 system