「さっむー!何これ!死ぬ!」
木枯らしが頬を掠める今日この頃。
夏が終わり、気が付けば季節はもう冬になっていた。
本当なら間に秋があるはずなんだけど・・・
秋を感じられないまま、一気に冬に飛んだ。
そう思わざるを得ないくらい寒い、寒すぎる・・・!
木々からはらはらと落ちてくる落ち葉が、更に寒さを倍増させる。
私は一通りマネ業をこなし、邪魔にならないようコートの外でフェンスにもたれ、しゃがみこんでいた。
「、うずくまっているところ悪いが部室からボールを取ってきてくれないか」
「・・・悪いと思うなら頼まないでくれる?」
マネージャーなのにこの返答は理不尽だと思ったが、それくらい寒い。
出来ることなら動きたくない。
両手に息を吹きかけて手を温める。隣に立つ乾は何も言わない。
そんな乾を不思議に思って見上げれてみれば、眼鏡が光に反射してギラッと光る。
「寒いのか?」
眼鏡が光っているだけでも十分恐怖を覚えるのに、その台詞に更に恐怖が増す。
「先程完成したんだが」
そう言われて目の前に差し出された、真っ赤なドリンク。
どこから出してきたんだと思ったが、そのドリンクの異常な見た目に言葉を失った。
「寒さに効く、レッドホットチリドリンクだ」
飲めと言わんばかりに目の前に差し出される、それ。
ペットボトルに入っている真っ赤な液体は、何もしていないのにブクブクと泡を吹いていた。
私はそれから逃れたくて、「行ってきます!」と一言残し、部室まで猛ダッシュした。
(あんなの死んでも飲みたくない!ってか飲んだら死ぬ!!)
さっきまで寒い寒いと、動こうとしなかった体が嘘のようだ。
人間追い詰められるとなんでも出来るんだなと、妙に納得しながら私は部室に飛び込んだ。
そしてそのままその場にしゃがみこんで、乱れた息を整えている時だった。
「そんな急いでどうしたのさ?」
その声にいきおいよく顔を上げると、そこにはベンチに腰掛け不思議そうにこちらを見る英二の姿。
「えっ、英二こそ何してんの?!れ、練習は?!」
みんなコートにいたから、部室には誰もいないと思って気を抜いていた。
突然の事にびっくりして慌てる私に英二は「驚きすぎ」と少し笑う。
「さっきアクロバティック失敗しちゃってさー」
そう言って、英二は痛々しい傷を私に向ける。
左肘と左膝についた傷は血が滲んでいた。
あまりの痛々しさに自然と私は顔を歪める。
と、同時に英二の肘から赤い液体がぽたりと足元に落ちた。
「あちゃー!また血が出てきたにゃ!・・・ジャージ汚れちゃった」
ジャージについた赤い染みを見て、しゅんとする英二がなんだか可愛くて。
なんて言うんだろう・・・まるで飼い主に怒られた子猫みたいな。
そんな事本人の前で言ったら怒られるから言わないけどね。
「あ、ちゃん今笑ったでしょ!」
「わ、笑ってないよ!あ、私でよければ手当てしようか?」
英二は少しムスッと頬を膨らませたが、私の言葉でそれもすぐ笑顔に変わる。
「じゃあ、お願い」
私は立ち上がり、英二の隣に腰掛けて救急箱を手にした。
「あーあ、こんなとこちゃんに見られるとはにゃー」
取り出した消毒液をガーゼに染み込ませ、傷口を拭けば英二が一瞬顔を歪ませる。
「なんで?」
傷口の汚れを落としていくと、擦り切れた痛々しい傷が顔を出す。
「だって、かっこ悪いじゃん」
「そうかな。私はそうは思わないけどな」
「・・・どうして?」
再び救急箱に手を伸ばし、今度は大きな絆創膏を取り出して封を開ける。
「怪我するほど、英二は頑張ってるって事でしょ?」
「・・・」
絆創膏を伸ばして、傷口に貼り付ける。
「よし、出来上がり!」
「ちゃんっていい子だよね」
「・・・へ?」
いきなり英二の口から零れた言葉。
「ど、どうしたの、急に」
英二の言葉の意味がわからなくて一瞬戸惑ったが、いつもの英二の気紛れかなんかだろうと思って私は「褒めても何も出ないよ」と冗談交じりに軽く受け流した。
そしてベンチから腰を上げ、乾に頼まれたボールの入ったカゴを持ち上げ、部室を後にしようとドアノブに手を掛けた時だった。
「いいよ、何もいらない」
「え?」
いつもと違う英二の真剣な声に思わず私は振り返った。
「ちゃんがいてくれれば、それでいい」
英二から発せられた言葉。大きな瞳が真っ直ぐ私を捉える。
それはどう受け取ればいいのか私にはわからなかったけど、私の顔を熱くさせるのに十分だった。
「へ?な、何言ってんの、英二ってば・・・!」
私は赤くなった顔を隠すようにしてそのままドアノブを回し、外に出た。
と同時に目に飛び込んできた真っ白な世界。
「ゆ・・・き・・・?」
ぱらぱらと空から舞い降りてくる白い結晶。
コートから桃のはしゃぐ声が聞こえる。
「わー!初雪だにゃー!」
そして私の後ろからも同じようにはしゃぐ声。
「雪、積もったらみんなで雪合戦したいね」
屈託のない笑顔を見せる英二。
つられて私も笑顔になる。
「うん、やりたいね。雪合戦」
空を見上げれば、止む気配のない雪の結晶たちが次々と舞い降りてくる。
「よーし!菊丸英二様のスーパーアクロバティックを披露しちゃおっかな!」
そう言った菊丸に視線を戻すと同時に、背中を思いっきり叩かれて鈍い痛みが走る。
「っ・・・!ちょ、英二!なんで叩くのさ!」
「これのお礼」
英二はニッと笑って、さっき手当てしてあげた左肘を私に見せてコートに向かっていった。
「お礼がこれ・・・?!」
そんなのってあんまりじゃない?!
手当てして叩かれるって、恩を仇で返すような・・・
英二に叩かれたところがじわじわと温かくなってくる。
叩かれた事で血行が良くなったのだろうかと思ったが、背中に違和感を覚えた私は背中に手を伸ばしてみる。
体が硬いからなかなか腕が届かなかったけど、一瞬何かが指先に触れてその正体がわかった。
「・・・カイロ」
背中の温もりは、英二が背中を叩いたと同時に貼り付けたカイロのせいだとわかった。
雪が降ってて、凍えそうに寒いけど、なんだか心はポカポカして温かかった。
雪
の
結
晶
(頬には雪の冷たさ、背中からは君の温もり)