ごめんね、ありがとう、バイバイ。

本当は気付いていた、あの子の存在に。
初めからわかっていた、あなたの瞳に映っているのは私じゃないってことに。
だけど、どうしてもあなたの傍に、隣にいたくて・・・
私は長太郎の優しさを利用したんだ。





「ねえ、長太郎」
「はい」
「・・・」
・・・先輩?」
「好きなの、付き合ってほしい」

私の言葉に長太郎は一瞬驚いた表情をして、少し顔を歪ませた。
ほら、やっぱり。
所詮、私と長太郎の関係は先輩と後輩、マネージャーと部員。
絶対縮まることはないって、わかっていた。
だけど、この気持ちをしまっておくなんて出来なくて。
長太郎が大好きで、諦められなくて・・・

「付き合ってくれなきゃ、長太郎がいなきゃ・・・私生きてる意味なんてないから」

私は脅しともとれる、最低な言葉を口走ってしまった。
長太郎が優しいのを逆手にとって、長太郎が断れないように仕向けたんだ。
酷いよね、最低な先輩だ。
私は自分の事しか考えてなかったんだ。
長太郎は沈黙の後、「俺でよければ」と無理して笑顔をつくった。
ごめん、長太郎。ごめんね・・・





長太郎は優しいから、私を彼女として大切にしてくれる。
一緒に登下校して。
休憩時間は時間があれば会いにきてくれて。
部活が休みの日は一緒に出掛けたりして。
私は隣に長太郎がいるだけで、十分だった。
好きになってもらえるよう、努力もした。
お洒落に気を遣ってみたり、お菓子を作って長太郎にプレゼントしたり。
だけど、どれだけ頑張っても、長太郎の瞳に映るのは私じゃない。
笑ってないんだ、心が。
好きだからこそわかる。些細なその違いが。





ある日、いつも通りマネージャーの仕事をこなしている時だった。
部室でドリンクを作って、それをカゴに入れて、みんなに配る。
もちろん長太郎にも。
だけど、辺りを見渡しても長太郎の姿は見当たらない。

「宍戸、長太郎は?」
「あ?長太郎なら、さっきコート出てったけど」
「トイレじゃねーの?」

私達の会話に向日が割って入る。

「じゃあ仕方ないね。ドリンク戻すから必要なら声掛けてって伝えてくれる?」
「わかった」

行き場の失った長太郎のドリンクをカゴに戻して。
みんなが飲み終わったドリンクも回収する。
そしてコートを出て部室に戻ろうと体育館の前を通りがかった時だった。

「長太郎くん、お疲れ!」

女の子が長太郎を呼ぶ声が聞こえた。
嫌な予感がして声がした方にそっと近付くと、そこには・・・
長太郎と・・・あの子。

「えっ俺に?!わざわざありがとう」

嬉しそうに笑う長太郎を見て思い知る。
やっぱり長太郎が心から笑える相手はあの子だけなんだと。

「早く行かないと跡部先輩に怒られちゃうよね。もう行って?」

駄目だ、早くここから立ち去らなきゃ。

「うん、ごめん。これ、ありがとう」

けど自分の足なのに全く言う事を聞かない。私の足は微動だにしない。
ほらっ・・・動いて、お願いだから・・・!

「じゃあ、頑張ってね」

気付かれる前に・・・

「っ・・・あ、さん」
「っ・・・」

(しまった・・・)

そう思っても時すでに遅し。
お互い気まずくなって沈黙が流れる。

「ごめんね、聞く気はなかったんだけど・・・」

ははっと笑って誤魔化そうとした。
だけど、心の中はぐちゃぐちゃ。
もやもやする。どうしたらいいか、わからない。

「あ、すみませんっ俺、ドリンク・・・」

そういう長太郎の視線を追うと、そこには私が手にしていたドリンクの入ったカゴ。

「ううん、いいよ。もう、洗っちゃうね」

自然に、自然に、そう呪文のように念じながら、その場を去ろうとした。
だけど急に腕を掴まれて動けなくなった。

「ドリンク貰っていいですか?」

ほら、やっぱりあなたは優しいから。
・・・私とは正反対。

「いいよ、あの子から貰ったドリンク飲んであげなよ」

掴まれた腕を振り解こうとしても、振り解けなくて。
長太郎は私の腕を掴む力を強める。

さんが作ってくれたもの、捨てるなんて出来ません!」

真剣な瞳で私を見る長太郎。
その真っ直ぐな瞳が怖くて私は目を背けた。

「じゃあ・・・それ、捨ててよ」
「え?」
「二つもいらないでしょ?私のドリンクが欲しいなら、あの子から貰ったそれ、捨ててよ」

好きなくせに、長太郎が大好きで仕方がないくせに、どうしてこんな憎たらしい言葉しか出ないの。
案の定、長太郎はその言葉に一瞬戸惑う。
だけど、長太郎はもらったドリンクを逆さまにした。
中に入っていたドリンクが砂の上に流れる。
砂の色が変わって、そこに小さな水溜りが出来る。
私はそれをただ見つめる事しか出来なかった。

長太郎は私と付き合ってくれた。
一緒に登下校してくれた。
休憩時間は時間があれば会いにきてくれた。
部活が休みの日は一緒に出掛けてくれた。
私があの子にもらったドリンクを捨ててって言ったら捨ててくれた。
欲しいものは手に入ったはずなのに、
長太郎は私の言う通りにしてくれてるのに、
欲は満たされているはずなのに、辛くて仕方がない。

「私の機嫌取ろうとしなくていいから」
「え?」

私はカゴから長太郎に渡すはずだったドリンクを掴んで、長太郎に向かって投げつけた。

「私のこと好きじゃないなら、あの子がいいなら・・・付き合わなきゃよかったじゃない」

「ヘラヘラして、ドリンクなんてもらって・・・!」

「本当はいらないくせに、私のドリンクなんてっ・・・私なんていらないくせに!」

頭の中も心の中もぐちゃぐちゃだ。
私は長太郎が好きなだけなのに、でも長太郎はあの子が好きで、
もうどうしたらいいか、わからない。
私、本当に最低だ。
無理言って、長太郎に付き合ってもらったくせに。
こんなに酷い言葉を投げつけて、泣き喚いて。
最低。
なんでだろう。
涙が・・・止まらない。
長太郎は目の前にいるのに。

さん、ごめんなさい・・・」

気付けば長太郎に強く抱きしめられていて。
頭にぽたぽたと雫が落ちる。
泣いてるの?長太郎・・・
私は結局あなたを悲しませ、苦しめる事しか出来ないんだね。
長太郎の心が笑ってないんじゃない。
長太郎の心は、最初からここにはなかったんだ。
そんな事に今更気付く。
ううん、本当は最初から気付いていた。
だけど長太郎が好きっていう気持ちが勝って見て見ぬふりをした。
でも、そろそろ潮時だね。
自分勝手な自分とも・・・お別れしなきゃ・・・

「長太郎・・・」

だけど、もう少し、もう少しだけ、このままあなたの温もりを感じさせて。
ちゃんと、けじめつけるから。

「ごめんね、ありがとう、」

優しいところ、無邪気な笑顔、気が利くところ・・・
全部全部大好きでした。
こんな私に付き合ってくれて、ありがとう。

「バイバイ」

あの子と幸せになってね。





(その綺麗な涙で、私の醜い心も洗い流してくれればいいのに)



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