今日は10月31日。
お菓子を配る、ハロウィンの日。
私は昨夜作ったクッキーを鞄に入れて、比呂士の教室へ向かう。
このクッキーを渡したら比呂士はどんな顔をするだろう。
驚くだろうか、それとも喜んでくれるだろうか。
普段あまり表情を見せない彼だから、余計に楽しみになって思わず顔が緩む。
「ニヤニヤしすぎですよ」
いきなり声が降ってきて、心臓が飛び出そうになる。
「っ、比呂士・・・」
そこにはいつもと変わらない澄ました顔の比呂士が立っていた。
「あまりニヤニヤしていると不審者だと思われますよ」
「や、あの、これは・・・」
焦る私を見て、優しく微笑む比呂士。
「さんが楽しそうにしてる理由、よかったら私にも教えていただけませんか?」
そう言われて、ハッとする。
突然の事にびっくりして、肝心の目的を忘れるところだった・・・
手に持っていた鞄から昨夜作ったクッキーを取り出し、比呂士の前に差し出した。
「はい、ハッピーハロウィン!」
比呂士は目の前に差し出された袋を見て、きょとんとしている。
それが可愛くて可笑しくて。
「びっくりした?」
「これを・・・私に?」
「うん、今日はハロウィンだからクッキーを焼いてみたんだけど・・・」
今日がハロウィンだという事を忘れていたのか、それともイベント自体を知らなかったのか。
比呂士は私とクッキーを交互に見る。
そしてやっと事を理解したようで差し出された袋を受け取った。
「味の保障は出来ないけど、よかったら」
そう言うと、比呂士は小さく微笑む。
「ありがとうございます」
嬉しくなって私もつられて頬が緩む。
「・・・じゃあ私もさんに何かお返ししないといけませんね」
まさか比呂士の驚いた顔も喜んだ顔も見られるとは思ってもみなかったから、私は完全に浮かれてて。
その言葉に反応出来ずにいたら、比呂士の整った顔が急に近付いてきて。
ああ、本当に顔の整った人だなぁ・・・なんて・・・
・・・じゃなくて!!
「ちょっ、ひろっ・・・!」
「静かに」
次の瞬間、頬には大きく温かな手、唇には柔らかい感触、そして・・・
―――愛しい人の声。
「何やってるんですか」
その声は確実に私の後ろから聞こえた。
比呂士は今、私の目の前にいるのに・・・
嫌な予感がして、目の前の比呂士の胸をそっと押し退け、恐る恐る声の方へ振り返る。
そこには怒った比呂士が立っていて、私は混乱する。
―――比呂士が2人?!―――
「まさか本人が現れるとはのう・・・」
「、え」
先程、私に口づけした男がそっと呟く。
そして不敵な笑みを浮かべ、眼鏡をとり、髪の毛をかきあげ束ねた。
「に、仁王・・・?!」
それはどこからどう見てもいつも比呂士とダブルスを組んでいる仁王で、私は呆気にとられる。
(なんで仁王が比呂士に・・・?じゃ、じゃあさっき私に口づけしたのは・・・)
「なかなかよかったぜよ、」
「は?!だ、騙したのね・・・!」
もう何がなんだかわからない。頭の中は大混乱だ。
「柳生と俺の区別も出来んかったお前さんが悪い」
「、なっ・・・!」
「プリッ」という言葉を付け足して、仁王は舌を出す。
「っ・・・!」
悔しいけど、反論出来ない。
どうして気付けなかったのか・・・自分自身に腹が立つ。
ハロウィンで浮かれ過ぎてまともな判断も出来なくなって・・・まさか好きな人と仁王を間違えるなんて・・・
「仁王くん、テニス以外では私に変装しないようにと注意したはずですが?」
「そう怒るな、柳生。今日はハロウィンじゃけん」
「関係ありません!」
比呂士は完璧に怒っていて、仁王はそれを軽く受け流す。
「仕方がないのう・・・」
仁王は一つ溜息をついて、比呂士に近付く。
「なんです?今更謝ったって許しませんよ」
「謝らんよ。お前に返すだけじゃ」
「何を・・・?!」
私は自分の目を疑う。その光景は誰が見ても不自然なもので、言葉が出なかった。
それもそう。仁王が比呂士の頬に口づけを落としたのだ。
「流石に口は無理だからのう。これで許せ」
当の本人は放心状態で。私もただその様子を眺める事しか出来なかった。
そして不敵な笑みを浮かべる仁王に、比呂士はやっと我に返る。
「に、仁王くん!今何を・・・!!」
「何って、返したんじゃよ。の口づけをな。これでチャラじゃのう」
そう言い残し、仁王は踵を返して教室に帰っていった。
取り残された私と比呂士はその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
「あ、クッキー・・・」
気付いた時には、もうすでに遅し。
私たちの唯一の救いは廊下に運良く誰もいなかった事だけ。
T R I C K O R T R E A T
(騙されたのはだーれ?)