「はぁ・・・」
「なんやこんなところに一人で」
昼休み。
友達とお弁当を食べ終えた後、一人で中庭のベンチで空を見上げていた。
そしたら後ろから聞き慣れた関西弁が降ってきて。
頭をそのまま後ろに少し倒すと、やっぱりそこには忍足が立っていた。
「忍足・・・」
「めずらしいな。考え事か?」
そう言って、忍足はそのまま私の左隣に腰掛ける。
「ちょっとね・・・」
「まあ大方、鳳の事やろ?」
「え!!」
なんですぐ気付かれちゃうのか。
否定して誤魔化そうかと思った。
けど、忍足の余裕そうな表情を見て、そんな悪足掻き、彼にとっては無意味なのだろうなと断念した。
「はぁ・・・長太郎ってさ、背高いでしょ?」
「せやな」
「それにスポーツも出来て、格好良くて」
「・・・」
「すごく優しいんだよ」
「なんや、俺は今惚気を聞かされてるんか?」
内容が想像していたものと違ったのだろう。
忍足は顔を歪ませる。
「・・・優しすぎるんだよなぁ」
そう長太郎は優しい。
本当に優しい。そりゃもう、びっくりするくらい。
選択肢があると必ず私に決めさせてくれるし、気遣いもすごいし、いつも自分より私優先で。
それは私だけでなく、他の人に対してもそうで。
それは長太郎のとても良いところなんだけど、自分を抑えて我慢してるんじゃないかって時々思う。
せめて他の人にはそうでも、私の前では自分の気持ちを曝け出してほしい。我慢しないでほしい。
そう思って色々根回しするけど、長太郎からの返事はいつも一緒。
「俺は大切な人が幸せだったらそれでいいんです」
それも満面の笑みで。
そんな他人思いの優しい長太郎ももちろん大好きだけど、長太郎の本心も知りたい。
わがままなのかなぁ・・・
「なんや、鳳じゃ物足りんのか?」
その言葉に驚いて忍足を見れば、少しいたずらそうに笑みを浮かべる。
そして息をつく間もなく、忍足の右手が私の左頬に触れる。
「せやったら、俺の女になるか?」
「は・・・い?」
「退屈させへんで」
眼鏡のレンズ越しに見える彼の瞳は優しく、だけど真っ直ぐ私を捉える。
女の私でも羨ましいと思うくらいの色気とその低い声に言葉を失う。
「な、何言ってんの・・・!からかうのやめてよ!忍足も冗談とか言ったりするんだね」
「・・・」
「あ、5限目始まるし、そろそろ行くね!」
いつも通りに。
そう言い聞かせるけど、気持ちは全然落ち着かなくて。
平静を装って腰を上げ、教室に向かう。
けど全然平静を装えてない。
きっと忍足は私が動揺している事に気付いたはずだ。
恥ずかしい。私には長太郎がいるのに。
長太郎と違うタイプの忍足に、不覚にも気持ちが揺らいだ。
(何やってんの、バカ!)
動揺した気持ちを振り切るように教室まで走った。
まさかこの様子を長太郎が見ていただなんて、私は思いもしなかった。
「遅くなっちゃったな」
放課後、校舎から出て空を見上げれば、もう薄っすら月が顔を覗かせていた。
役員会議が長引いて、気付けばもう7時。
早く帰ろうと、一歩踏み出した時だった。
「あれ、じゃねーか」
その声に振り返ると、そこにはラケットバッグを背負った宍戸。
「え、今部活終わり?」
「終わった後、自主練してたんだよ」
「一人で?めずらしいね」
「いや」
宍戸が後ろを振り返ると同時に聞こえた聞き慣れた声。
「すみません!遅くなりました!」
「こいつも一緒」
宍戸が走ってきた長太郎を親指で指差す。
「っ、さん・・・」
長太郎は私を見て一瞬目を見開いた後、ふいっと顔を逸らす。
(え・・・?)
「じゃ、俺帰るわ!またな長太郎」
「え、帰っちゃうんですか?!」
「あのなぁ・・・2人の邪魔するほど無神経じゃねーよ」
長太郎は言葉を詰まらせる。
(なんか長太郎の様子がおかしい気がする・・・)
「じゃあな!」そう言って背を向ける宍戸に「お疲れ様でした!」「またね」とそれぞれ別れの挨拶をして。
「私達も帰ろっか」
「・・・はい」
私は長太郎に声を掛け、正門に向かって歩きはじめた。
(何か話さないと・・・)
そう思うけど、こんな時に限って何も出てこない。
「か、帰る時間が一緒になるなんて、めずらしいよね」
「・・・そうですね」
「役員会議が長引いちゃってさ。長太郎も部活後に自主練なんて偉いね」
「そんな事ないですよ」
やっぱりおかしい。
長太郎はこっちを見ようとしないし、何か思い詰めたような表情をしている。
「ねえ、何かあった?話聞くよ?」
門を出た辺りで、私は思い切って長太郎に問う。
「何かあったのはさんの方じゃないですか」
「・・・え」
想像もしなかった返答に、私は一瞬言葉を失う。
「どういう・・・意味?」
考えを巡らすが、身に覚えがない。
全く答えが出てこない。
「忍足さんの事、好きなんですか?」
合わなかった視線がやっと合う。
長太郎は静かに私を見据える。
「な・・・」
「すみません、俺・・・昼休みに忍足さんと2人で中庭にいるところ見てました」
「・・・っ」
嘘でしょ・・・
自分で血の気が引くのがわかった。
開いた口が塞がらない。
「忍足さん、俺と違って対応も大人だし、優しいし、俺と一緒にいるよりきっと・・・」
え、なんで・・・
「さんの事、幸せにしてくれると思います」
なんでそうなるの?
「だから・・・」
長太郎はいつもそうやって・・・
「じゃあ笑ってよ」
「え」
私の言葉に長太郎は驚いたのか目を丸くする。
「なんでそんな辛そうな顔して、そんな事言うの」
「・・・っ」
「長太郎はいつだってそうだ。自分の気持ち抑え込んで、本当の事を言ってくれない」
「さん・・・」
「私が好きなのは他の誰でもない鳳長太郎なの」
「だから私はこれからも長太郎と一緒にいたい」そう付け足すと、長太郎の瞳が揺らいだ。
そして言葉にならないのか、そのまま俯く。
「すみません、俺・・・2人の事、疑ったりして」
「ううん、私の方こそ誤解させるような事してごめん」
「けど、長太郎もやきもちやいてくれるんだね」とからかい半分、笑って返した。
すると俯いていた長太郎が顔を上げて、その瞳が真っ直ぐ私を射抜く。
「俺も男です。好きな人が他の男の人といれば嫉妬もします」
いつもの優しい長太郎とは違う、強い眼差しと台詞。
言葉が出ない。
そんな私の右頬に長太郎の手が添えられる。
大きくて暖かい手は、私が長太郎から目を逸らす事を許さない。
「だから他の人によそ見しないでくださいね」
長太郎の事、全て知ったつもりでいたけど、まだまだ私の知らない長太郎がいて。
こんな形でだけど長太郎の本心が知れた。
長太郎の手に自分の手を添える。
「当たり前でしょ」
小さくそう言うと、長太郎はいつもの優しい笑みを浮かべる。
大
切
な
人
へ
(君の心に触れさせて)