それはとある昼休みの出来事。
鬼 ご っ こ
「ちゃん、みーっけ!」
その声とともに肩をポンッと叩かれ、突然の出来事にびっくりして体が固まる。
廊下を歩いてた私の前にいきなり飛び出してきたのは英二。
「な、何?!」
「今ね、テニス部レギュラーで鬼ごっこしてて、負けたら明日のお昼奢りなんだ!だからよっろしくー!」
「あ、タイムリミットはチャイムなるまでだよっ!」そう付け足して英二は私に背を向け再び走り出した。
「えっ、ちょっと!」
そう叫んだ時には時すでに遅し。英二の姿はもう見えない。
流石、テニス部レギュラーといったところか・・・
なんて感心してる場合じゃない!
鬼ごっこ?!学校中走り回ってレギュラー陣を探せっての?!
走るの苦手なのに・・・でもお昼奢りは嫌だ・・・!
・・・ってか私さっき英二に肩叩かれたよね・・・?
もしかして・・・私・・・今、鬼・・・?
ちょっ、絶対奢りとか嫌だし!
「英二っ待って!」
英二がもういないのはわかっていたけど、そう叫んで走り出す。って言っても遅いけどね!
本当に遅過ぎてテニス部のみんなに追いつくか不安なんですけど・・・!
ってか、そもそもこんな事するためにマネージャーになったんじゃないんですけど・・・!
(誰かいないの・・・?!)
走っても走ってもレギュラー陣の姿は見当たらない。
階段を降りて辺りを見渡す。そこには見慣れた少年が歩いていた。
人混みをかきわけてその少年の後ろまで行き、両手で思いっきり彼の両肩を叩く。
「っ!」
「はい!越前くん鬼ね!」
「は?いきなり何するんスか!」
そう言って、こちらに振り返る越前くんの表情は不機嫌そのもの。
「今テニス部レギュラーで鬼ごっこやってるんだって!負けたら明日のお昼奢りらしいから!」
そう越前くんに言い残して、私は一目散にダッシュした。
あとはどこかに隠れて時間がくるのを待てばいい!
私の計画はばっちりだったのに・・・
「、にゃろう!」
越前くんの声が聞こえたと同時にバタバタと近付いてくる足音。
後ろを見なくともわかる。
「ぎゃあああああ!きたー!!」
怖いよ、怖いよ!お母さーん!
擦れ違う人達の視線が痛いけど、今はそんな事どうだっていい。
近づいてくる足音が怖くてたまらない。
どんどん近付いてくるその足音に気持ちは焦るばかり。
足が絡まって何度もこけそうになる。その度に必死に体勢を立て直す。その繰り返し。
「っわ!」
また足が絡まって、だけどもう体勢を立て直す体力は残っていなくて。
体力の限界が近付いていた私はぎゅっと目を瞑って身構える事しか出来なくて。
「ちょっ・・・!」
体が地に着く前に越前くんの声が聞こえた。それと同時に左手が引っ張られて後ろに体が引き寄せられる。
そして思わぬところから、少年の声。
「っ・・・ちょっと重いんだけど早くどいてくんない?」
声の方に目をやると、越前くんが私の下敷きになっていた。
「うわっ!ごめん!大丈夫?!」
急いで起き上がって、越前くんの様子を伺う。
「大丈夫だけど、」
その言葉に安心して力が抜ける。
マネージャーがレギュラーに怪我させたら一大事だ。
「アンタ結構重いんだね」
「なっ!」
口端をあげて、ニッと笑う越前くん。
それが先輩に対しての言葉?!女の子に対して失礼じゃない?!とか、言いたいことはたくさんあるのにうまく言葉にならなくて。
金魚みたいに口をパクパクさせるしかできなかった。
「でも、」
放心状態だった私の頬にすっと手が伸びてきて。
目の前には越前くんの整った顔。
「顔、怪我しなくてよかったじゃん」
いつもの憎たらしい態度とは正反対なその言葉に、自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
「照れてんの?」
「て、れてない・・・!」
ってか、いつの間にかタメ口になってません?!
「じゃあ、授業始まるんで後はよろしくっす」
そう言って、彼は踵を返して教室の方へと戻っていった。
遠ざかる背中を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、そうそう言い忘れてたけど」
不意に越前くんが振り向いて、せっかく落ち着きを取り戻した私の心臓は再び飛び跳ねる。
「先輩、あと2分で昼飯奢りっすよ」
その言葉にハッと我に返る。
(しまった、鬼ごっこ・・・!)
「っ、越前くんのバカっ!」
「んなっ」
そう言葉を吐き捨てて、再び走り出す。
目の前の越前くんを追っても無駄なことはわかっていたから、階段を上って3年の教室に戻った。
ちょうどみんなが教室に戻っている中、運よくレギュラーを見つける事が出来た。
気付かれないように近付いて、そっと腕に触れる。
「はいっ手塚、鬼ね!」
「は?」
キーンコーンカーンコーン
それと同時にチャイムが鳴り響いた。
「やったー!これで手塚が奢りね!」
「だから何の話だ?」
その返事に舞い上がった気持ちがゆっくり落ちていく。
「あれ?手塚・・・聞いてないの?」
越前くんが知らないのは納得いくけど、部長の手塚が知らないのはおかしい。
「英二がテニス部レギュラーで鬼ごっこやって、最後に鬼になったら明日のお昼奢らないといけないって言ってたんだけど・・・」
説明すると手塚の眉間に皺が寄った。
(あれ?なんかまずいこと言っちゃった・・・?)
「ほう・・・で、全員で学校内を走り回ってたのか?」
「え・・・」
気まずい空気が流れる。
しまったと後悔しても、もう時すでに遅し。
「学校の規律を乱すやつは許さん!全員放課後、グラウンド20周だ!」
うわ・・・みんな本当にすいません・・・。え、えへ
放課後、みんなに文句を言われながらグラウンド20周走ったのは言うまでもない。