「わーかしっ!」

聞き慣れた声が、道場に響き渡る。

「・・・また来たんですか」

俺は一つ溜息をつき、声のした縁側の方に目を向ける。

「またとは何さ!幼馴染みなんだからいいじゃない」

そう言って膨れっ面で立っているのは幼馴染みの
幼馴染みと言っても、の方が一つ上だが。

「あんたも暇ですね。人が稽古している様を見て何が楽しいんですか」
「いいじゃん、好きなんだもん」
「・・・稽古の邪魔しないでくださいよ」

俺は喉から出掛かった言葉を呑んで、古武術の稽古をはじめる。

「・・・人の気も知らないで」

俺はが縁側で寝転がってるのを確認して、稽古の邪魔にならないようにと隅に置いてあったスマホを取り出す。
そしてジローさんにメッセージを送る。

『今、道場来れますか』

そう打った後、送信ボタンを押してスマホを元あった場所に戻す。
事の発端は部活終わりのある放課後だった。





「なあなあっ日吉!テニス勝負しようぜ!」

ジローさんが突然俺の家に押しかけてきて。勝手に道場に上がり込むなり、俺の腕を掴み同じ事を繰り返し頼んでくる。

「しつこいですよ。俺は今から稽古があるんで」
「じゃあ、それ終わってから!」

稽古があるからと言ってもジローさんは全く引く様子はなくて。
覚醒したジローさんがうるさいのはわかっていたけど・・・

「・・・わかりました。縁側で待っていてください」

このままじゃ稽古もままならないと思い、俺は諦めて素っ気なく返事を返して。

「よっしゃー!絶対、日吉に勝つC!」

はしゃぎながら縁側に向かうジローさんを見て、一つ溜息を落とす。
こうなったそもそもの原因は部内でのダブルスの練習試合。
俺はジローさんと、相手は忍足さんと向日さん。
その結果は負け。
普通なら敵側に闘志を燃やすはずだが、何故かジローさんは俺に闘志を燃やしていて。
理由を聞けば、ジローさんより俺の方がスマッシュを決めた数が多いからというそんな理由。

「当たり前でしょう。あんたはボレーヤーなんですから」

そう言っても聞きやしない。
とりあえず、さっさと稽古を終わらせて早く試合を済ませようと構えた瞬間。
視界に飛び込んできたのは楽しそうに話すジローさんとの姿。
何を話しているのかまではわからなかった。
けど無性にもやもやする。今まで感じた事のない感情に戸惑う。
稽古に集中しようとしても、2人の様子が気になって仕方ない。

(何なんだ・・・この気持ちは)

結局その日は待ちくたびれたのかジローさんが寝てしまって。試合せず済んだが、この後どうするんだ・・・そう思いながら、とりあえずジローさんを横に寝かせて、樺地にヘルプの連絡をし、なんとか事なきを得た。
翌日からはここに来ては必ずジローさんが来ないのか聞いてくるようになった。
の口からその名前を聞くだけで、何故か気分が悪い。
俺はこの名前のわからない感情を誤魔化したくて、にジローさんの事を聞かれる前にジローさんにメッセージを送るようにした。





「ねえ、若」
「・・・稽古の邪魔はしないでくださいと言ったはずですが」

顔も見ず素っ気なく返事をする。
けど、からの返事はなく不思議に思い振り返ると、ニヤニヤとした顔でこちらを見ている。
何なんだ・・・

「何ニヤニヤしてるんですか。気持ち悪い」
「え、酷くない?!一応女の子なんですけど!年上なんですけど!」

俺の言葉にギャーギャーと騒ぎ立てる
一つ溜息をつき、俺は淡々と話を進める。
と言っても、この後の内容はもう読めているが。

「で、用件はなんですか?」
「ジローくんは今日来ない?」
「・・・知りません」
「そっか」

とジローさんが一緒にいるところを見たいわけではない。けど、が残念そうにしているのも見るのが嫌だった。
ジローさんが来ないとわかれば、帰ってしまうんじゃないかと思う自分もいて。
なんだ、稽古を見にくるを疎ましく思っていたんじゃないのか、俺は。

そよ風が吹く。
縁側に目をやると、寝転がるの姿。
ああ、いつの間にか俺はこの光景が当たり前になっていたんだ。
何気ないこの毎日が当たり前で、ジローさんが現れた事でこの当たり前がなくなってしまうんじゃないか・・・
そんな不安が俺を掻き立てる。
仰向けになるの傍まで行き、その顔を覗き込む。

「え・・・な・・・」

は俺が近付いてきた事に気付かなかったのか、驚いた表情でこちらを見る。

「そんなにジローさんがいいんですか」

そう言うと、目を見開き頬を赤らめる。
言葉にならないのか返事はない。
そんな顔、俺に見せた事なかったくせに。
そんな顔、俺以外に見せるな・・・

「俺にしとけよ」

の反応を見ていたら無性に腹が立って。
無意識のうちにそんな言葉を吐いていた。
俺はハッと我に返る。

「っ悪い・・・なんでもない」

俺は立ち上がり、そのまま道場の方に戻る。
何馬鹿な事言ってんだ、俺は。
自分に似合わない台詞に顔が熱くなる。
の反応が怖くて振り返れない。
やっとわかった。この名前のわからない気持ちの正体が。





(俺、あんたの事が好きだったんだ)



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