学校終わりの放課後。
私は日課のごとく、ある場所に向かう。

「お邪魔します!」

辺りに誰もいないけど、一言そう言って門をくぐる。
そのまま中庭を通り抜けて縁側の方へ向かう。
そして中を覗き、稽古に励む若の姿を捉える。

「わーかしっ!」
「・・・また来たんですか」

私の声に気付いた若が溜息混じりに返事をする。

「またとは何さ!幼馴染みなんだからいいじゃない」

そう私と若は幼馴染で。学年は私が一つ上なんだけども。
家が近所で親同士も仲が良い。
だから、昔からよく若の家でもあるこの道場にお邪魔しては若の稽古している様子を縁側で見てきた。

「あんたも暇ですね。人が稽古している様を見て何が楽しいんですか」
「いいじゃん、好きなんだもん」
「・・・稽古の邪魔しないでくださいよ」

そう言い残して、若はまた稽古に戻る。

「・・・もう、若の意地悪」

私は小さく愚痴をこぼして、縁側に荷物を置いて腰掛ける。
そして晴れ渡った青空を見上げた。

「あー綺麗だなぁ」

大きく伸びをして、そのまま後ろにひっくり返る。
放課後は用事がない限りここに来て、若の稽古の邪魔にならないように縁側でくつろぐのが日課になっている。
この縁側から見上げる青空はとても綺麗で。
私はこの場所が大のお気に入り。
もちろん景色もだけど、本当は若が稽古している姿を見られるから、この場所が好きなんだ。
けど、若はきっと私の事を“稽古を見るのが好きな物好き”とでも思っているのだろう。
幼馴染でも私は氷帝学園の生徒ではない。
だから私がこうやって会いに来ないと会う事すら出来ない。
ましてや若は氷帝テニス部レギュラーで。
放課後ここに来ても部活の練習で会えない事もしばしば。
まあ、完全な片思いだから若にとって私の行動は疎ましいものでしかないんだろうな。
はっきり言われたわけではないけど、若の態度を見ていたらわかる。

「ねえ、若」
「・・・稽古の邪魔はしないでくださいと言ったはずですが」

聞き忘れた事があり、若の名前を呼ぶ。
少し頭を上に逸らすと、眉間に皺を寄せた若がこちらを見ている。
鬱陶しそうな表情を浮かべながらも、ちゃんと返事はしてくれる。
無愛想だけど、そういう律儀なところ、可愛いなぁ。

「何ニヤニヤしてるんですか。気持ち悪い」
「え、酷くない?!一応女の子なんですけど!年上なんですけど!」

思わず上半身を起こして、反論する。

「で、用件はなんですか?」

ギャーギャー言う私に更に眉間に皺を寄せながらも、一つ溜息をつき冷静な態度をとる若。
どっちが年上かわからない。

「ジローくんは今日来ない?」
「・・・知りません」
「そっか」

若の返事に一つ言葉を返して。
再び仰向けになり、空を見上げる。

「残念だなぁ・・・」

小さな声で呟く。
私がジローくんと初めて会ったのは1ヶ月くらい前の事だった。

「なあなあ、日吉!テニスの試合しよ!」

ある放課後。
いつも通り、縁側に座っていたらジローくんは突然現れて。
そう叫んだと思ったら、道場に上がり込み若の腕を掴む。
そして同じ事を繰り返し頼んでいる。

「しつこいですよ。俺は今から稽古があるんで」
「じゃあ、それ終わってから!」
「・・・わかりました。縁側で待っていてください」
「よっしゃー!絶対、日吉に勝つC!」

あの若が圧倒され、そして押し負けている・・・
初めて見る光景に驚きと同時に、寂しさを感じた。
幼馴染だから若の事、一番知っている気でいたけど、そうじゃない。
こんな真逆のタイプの人とも話したりするんだ。
きっと氷帝の人達は私の知らない若をたくさん知っているんだろうな。そう思うと羨ましくも思えた。
嬉しそうな様子でこちらに向かってくる彼に声を掛ける。

「あなた氷帝テニス部の人?」
「うん、そうだよ!俺、芥川慈郎!アンタは?」
「私は。若の幼馴染でよくここに来てるの」
「そうだったんだ!よろしくね」
「こちらこそ。ねえ、待ってる間、氷帝での若の様子聞かせてくれる?」

自分でも何言ってるんだろうと思った。
けど知りたかった。私の知らない若を。

「いいよ!俺学年違うし、ほとんど寝てるからちゃんと話せるかわかんないけど」

そう笑いながら、ジローくんは若の事、色々話してくれた。
テニス部の話ばかりだったけど、先輩にいじられていたり、打倒部長のために猛練習していたり、些細な話だったけど知らない若を知れて嬉しくて。
けど、徐々に話すスピードが遅くなったなと思って横を見ると、ジローくんは座ったまま眠りだして。
びっくりしてどうしようかとあたふたしていたら、若が気付いて対応してくれて。
ジローくんはころころ変わる山の天気のような人だなと、そう思ったのが第一印象。
それからしばらくジローくんと会う事はなくて。
また若の話を聞きたかった私は若にジローくんの事を聞くけど、今みたいな素っ気ない返事が返ってくるだけ。
たまにジローくんが来てくれる事もあるんだけど、なんか若に用があるって言うよりか私と話をしに来てくれているような感じで。
もしかして若が気を遣って・・・なんて思ったけど、自分の話を根掘り葉掘り聞かれるのに自ら呼んだりしないよね。

段々と空が夕暮れへと変わる。
若が踏み込む音だけが道場に響く。
その音すら愛おしくて、心地いい。
静かに目を閉じた時だった。さっきまで聞こえていた音が消えた事に気付く。

ギシッ。

耳元で聞こえた床が軋む音。
咄嗟に目を開くと、目の前には若の整った顔。
髪の毛から滴り落ちる汗が頬を掠める。

「え・・・な・・・」

突然の状況に理解出来なくて、うまく言葉にならない。

「そんなにジローさんがいいんですか」

若の鋭い、そして真っ直ぐな瞳から目が離せない。
目の前の状況で頭がいっぱいで、若の言葉の意味が理解出来ない。

「俺にしとけよ」

その言葉に完全に思考回路が停止する。
今、なんて言った・・・?

「っ悪い・・・なんでもない」

そう言い残して、若は道場の方へ戻っていった。
今の何?どういう事?
心臓がうるさい。今の私、きっと夕陽に負けないくらい顔が真っ赤だ。





(私が好きなのは、若、あなただよ)



inserted by FC2 system