「忍足、おはよう!」
「はよ。なんや昨日と打って変わって上機嫌やな」
翌朝、グラウンド近くを歩く忍足を見つけて私は声を掛ける。
「忍足のせいで誤解されて大変だったけど、おかげで知れた事もあるからお礼言っとこうと思って!」
「なんやそれ」
『何言うてんねん』と言わんばかりの表情で私を見る忍足。
「鳳、怒ってたやろ?」
「へ?」
「堪忍な。あれ、鳳が見てたのわかっててやったんや」
「は?!」
え、何それ。
長太郎がいたから、あんな事したってわけ?!
「え、最低・・・!」
「さっきまで感謝しとったやん。おかげで鳳の本心聞けたやろ?」
「それは・・・」
悔しい・・・
それじゃ全部忍足の思い通りってこと?!
そもそも忍足に相談した私が悪いんだけど・・・!
「それに・・・」
忍足の手が伸びてきて私の口元に触れる。
そしてそのまま忍足の方を向かされる。
目の前には整った忍足の顔とあの眼差し。
「満更でもなかったやろ」
ふっと微笑む忍足に私は思考回路が停止し、抵抗する事を忘れる。
「忍足さん、おはようございます!」
その声と同時に私の体は後ろに引っ張られ、そのまま誰かの胸に飛び込む。
目の前にはキラキラ揺れる十字架のペンダント。
「今日は朝練ないのにジャージ着てるっちゅー事は自主練か?」
「はい、宍戸さんとランニングしてたら、お二人を見つけたので」
「挨拶しようと思って」そう付け足す長太郎。
見上げると、いつもと変わらぬ笑顔で忍足と話をしている。
けど、少しずつ私の肩を掴む長太郎の手が強まる。
私は忍足の方を向く事すら許されない。
「なんや自分、の番犬みたいやな」
「そうですね・・・噛みついちゃうかもしれないんで気をつけてください」
「堪忍してや。痛いのはごめんやで」
私は身動きが取れず、会話の内容で2人の様子を想像する事しか出来なかった。
「じゃあ、俺先行くわな」
そう言って校舎に向かう忍足。足音が段々遠退く。
「・・・長太郎」
「・・・」
「長太郎っ!」
「はい!」
私の声にびっくりしたのか、私の肩を掴んでいた手が緩む。
「すみません、俺」
「ううん。忍足、ああやって私の事からかってるだけだから間に受けちゃ駄目だよ」
「・・・」
「私も男慣れしてるわけじゃないから、サラッと受け流す余裕はないんだけど」
そう笑って場の空気を和まそうとするけど、長太郎の表情は真剣そのもので。
「忍足さんは誰にでもあんな事する人じゃないです」
「え」
「さんだからですよ。けど俺はあんなやり方でしかあの人に抵抗出来ない」
「・・・長太郎」
「はい」
「昨日私が伝えた言葉、覚えてる?」
「はい・・・」
「じゃあ安心して」
笑って返せば、長太郎はちょっと不安そうな表情をしながらも「はい」と答えてくれた。
「じゃあ長太郎は自主練戻って。私も行くね」
そう言い残して私は校舎へ向かう。目的地はただ一つ。
私は校舎に入り、そのまま自分の教室に向かう。
そこにいるはずの忍足の元へ。
教室に入って辺りを見渡すが、先に校舎に入ったはずの忍足がいない。
「あれ、忍足来てない?」
近くにいたクラスメイトに尋ねる。
「え、忍足くんなら荷物置いて教室出ていったけど」
「え・・・」
「、忍足探してんの?今すれ違ったぜ。階段上がってったから屋上じゃね?」
「助かった!ありがとう!」
私は自分の机に鞄を置いて、急いで教室を出て屋上へ向かった。
階段を一気に駆け上がって、屋上へ続くドアを開く。
眩しくて一瞬目が眩んだが、徐々に慣れていく視界の中、忍足の姿を捉える。
「忍足・・・」
「また来たんかいな、鳳に怒られんで」
「うん、ごめん。色々巻き込んで。だけど忍足に一言言っておきたくて」
「なんや?」
「忍足のおかげもあるからあまり言いたくないけど、あんまりああいう事しない方がいいよ」
「・・・」
「忍足は冗談でもやっぱり傷付く人もいるし。誤解されるのも嫌でしょ?だから」
「本気やったらええんか?」
「え・・・」
「俺が誰にでもあんな事するとでも思ってるん?」
「忍足さんは誰にでもあんな事する人じゃないです」
「誤解してるのは鳳やなくてお前の方や。鳳はわかっていたはずやけど」
そうだ。長太郎はわかってた。
なのに私は・・・
これ以上、長太郎を困らせたくなくて、その事を忍足に伝えにきたはずなのに・・・
「さん!!」
ドアが勢いよく開く。
「ちょ・・・っ?!」
長太郎の名前を全て言う前に忍足に腕を引っ張られて。
私はすんなりと彼の腕の中に収まってしまう。
長太郎とは違う感覚、そして香り。
この状況を理解した瞬間、一気に顔に熱を帯びる。
「なんや番犬登場かいな」
「っはぁ、はぁ」
急いで来たのだろうか。息が上がってる。
「ようがここにおるてわかったな」
「別れ際のさんの様子がおかしかったので、もしかしてと思って・・・」
「さすがやな。なあ、鳳。を譲ってくれへんか」
「なっ」
「お、おし」
顔を上げて忍足を見ると、忍足は口元で人差し指を立て、シーッという合図をする。
その瞳は先程とは違う、どこか悲しそうで・・・
「から聞いたで。みんなに優しい鳳くんなんやろ?」
「・・・」
「まあお前の性格はテニスで知ってるけどな。なら俺にもその優しさでの事、諦めてくれへんか」
「っ・・・!」
「長太郎・・・」
そんな顔しないで。
そんな顔をさせたくなくて私はここに来たのに、また私は・・・
自分の馬鹿さ加減に苛立ちを覚える。
そして忍足の本心が見えなくて戸惑う。
冗談じゃないの?本気で言ってるの?
「それだけは出来ません・・・!
いくら忍足さんの願いでもさんは誰にも渡せません。その手を離してください」
「そんな睨まんといてーな」
小さく笑って忍足が答えて。
そっと自分の体が放たれた。
「ほら、もう行き。自分もあんま他の男のところウロウロするんちゃうで」
「あ・・・うん」
そう言った忍足はいつもの穏やかな忍足で。
「忍足・・・」
「ん?」
「なんでもない・・・ありがとう」
そう言い残して、鳳の元に駆け寄るを少し見送って。
俺は再び空を見上げる。
「ありがとうか」
空は青く澄み切っている。
「自分もまだまだ子供やなぁ」
自分で自分を嘲笑して、少し瞳を閉じた。
「長太郎、ご、ごめんね。こんな事にならないように話をしにいったんだけど、結局・・・」
「・・・」
「長太郎?」
先に階段を降りる長太郎を追いかけながら声を掛けるも返事がない。
そしてちょうど階段の踊り場に差し掛かった時だった。
ダンッ!!
その音と共に、気付けば私は壁に押し付けられていた。背
中には壁、右頬横には長太郎の腕、目の前には・・・
「昨日言いましたよね。俺も男だって」
その瞳はいつもの長太郎の優しい瞳じゃなくて。
「嫉妬もするって」
初めて見るその瞳は怒りに満ち溢れてて。
「ご、ごめんなさ・・・っ」
私の表情を見て、長太郎はハッと我に返ってゆっくり私から離れる。
「すみません、気が動転して」
完全に私が悪い。
嫉妬もするって、よそ見するなって昨日言われて。
わかっていたはずなのに理由がどうあれ、他の男の人のところにのこのこ行って。
私が反対の立場ならきっと怒り狂うし、悲しい。
長太郎は優しいからってその優しさに甘えて、我慢させていたのは自分だったのかもしれない。
「長太郎、本当にごめん」
「すみません、忍足さんみたいに大人になれたらいいんですけど、俺全然っ」
長太郎は拳をぎゅっと握りしめる。
「忍足は忍足、長太郎は長太郎でしょ」
「長太郎はそのままでいいし、今みたいに私の前では気持ち曝け出してくれた方が嬉しい」
「ごめんね、嫌な気持ちにさせて。本当にごめんなさい」
顔を上げると同時に、私は長太郎に抱き締められる。
ぎゅっと力強く、けど優しく・・・
「俺、全然駄目です。さんの前じゃ自分の気持ちコントロール出来なくて」
「ちょ、た・・・」
「忍足さんに触れられたの見ただけで頭に血が上って。先輩に対してあんな事しちゃって」
そう言った直後、長太郎の腕が緩んで前髪がかき上げられる。
そして額に触れる長太郎の唇。
「次はこれだけじゃ済まないんで覚悟しておいてくださいね」
「っ・・・?!」
昨日から今まで見た事のない長太郎の表情と態度に私の気持ちは全然追いつかない。
けど好きな気持ちは増すばかりで。
心臓はうるさいし、顔は熱い。
変
わ
ら
な
い
君
の
ま
ま
で
(願うは、ひとつだけ)