桜舞い散る中、俺はこの氷帝学園中等部を卒業する。
『3年5組、起立!』
卒業式も無事終わり、1組から順番に体育館を退場する。
そして、ついに自分のクラスが回ってきた。
俺は腰を上げ、在校生に拍手で見送られながら体育館を後にする。
体育館にはすすり泣く在校生の声と拍手だけが響く。
卒業する俺らはそれと対照的に笑っとる奴ばかり。
まあ、それもそうやろな。
一部を除いた、ほとんどの卒業生がそのままエスカレーター式で高等部に上がるんやから。
寂しいという気持ちは正直ない。
在校生にしたら、先輩らとのお別れやから寂しいのかもしれんけど。
体育館を出ると、太陽が眩しくて思わず目が眩む。
慣れていく視界の中で目に入ったのは、桜吹雪。
(跡部も宍戸もおれへんな・・・)
辺りを見渡して、そこに元テニス部レギュラーがいないのがわかって俺は部室に向かった。
着いてドアを開けると、そこにはレギュラーのみんなと・・・あいつがおった。
「おおお、忍足先輩・・・!卒業おめっ、おめでとうございまっ」
目から涙、鼻から鼻水。
垂らしまくりながら俺に向かって突進してくる。
「汚っ!鼻水出てんで、自分!」
俺は駆け寄ってきたの頭を抑えて、これ以上近付けさせないように距離をとった。
「忍足ひでー!が可哀想だろ」
「全然そう思ってへんやろ!ってか、マジ助けて」
岳人は椅子に座って、ケラケラ笑いながら俺の様子を楽しんでる。
「そんなことないぜ?なあ、」
泣きすぎて声が出ぇへんのか、は大きく首を縦に振った。
「ちゃんと抱きしめてやれよ」
跡部は机に肘をついて、ふっと口端を上げて笑う。
(絶対嘘や・・・!自分らかて避けたんやろ!)
ガチャ。
部室のドアが開く音が聞こえて、みんなの視線がそちらへ向く。
そこに立っていたのは宍戸。
「宍戸が1番遅いなんてめずらしいじゃねーか、あーん?」
「もしかして女に捕まってたとか!?」
嬉しそうに且つ、からかった様子で岳人が宍戸に問う。
「いや・・・こいつに捕まってた」
宍戸が右手の親指で後ろを指す。
「み、皆さんご卒業おめでとうございます!!」
ここにおると同じ状態になった鳳が宍戸の後ろから出てくる。
(鳳もおらんかったん気付かんかったわ・・・)
「お前ら本当泣き虫だな。そんなんで、このテニス部支えていけんのかよ」
泣き虫な副部長に、泣き虫なマネージャー。
元部長である跡部は、心配そうに2人を見る。
「先が思いやられますね」
はぁ、と一つ溜息をつく現部長の日吉。
まあ、それがごもっともな反応やわな。
「にしても、ほんまは泣き虫やな」
そう言われたのが悔しかったのか必死に泣き止もうと涙を拭ってるけど、止まらんくて。
その様子がおもしろくて、思わず頬が緩む。
そうや。はずっと泣いてた。
泣かん、俺らの代わりに・・・
『ゲームセット!!ウォンバイ越前ゲームカウント6−4』
審判のその一声で俺らの関東大会敗退が決まった。
正直俺らが青学なんかに負けるわけあらへんって思ってた。
その余裕が俺らの敗退に繋がったんかもしらん。
関東大会で終わる俺らやないって思ってたから、その結果が信じられへんくて。
涙すら出んかった。(2年は泣いとったけど)
「うぅっ・・・ひっく、び、びんなお疲れっさ・・・っ」
やけど、泣き続けてる奴が一人おった。
マネージャーの・・・・・。
「泣くな、。今度はお前らが氷帝を全国に導け」
跡部は泣きじゃくるを慰めようとしてた。
やけど、は泣くのをやめへんかった。
正直、鬱陶しかった。
試合に負けてイライラしてたし、ぐずぐず泣く女は嫌いやったから。
「私が泣いてるんじゃないですっ!みんなの分の涙っ・・・!」
ぐずぐず泣くし、その上に意味不明な事まで言い出す。
俺らの分まで泣いてるやて?綺麗事言うなや。
俺のへの印象は圧倒的に悪かった。
やけど、それも全国行きが決まった時から少しずつ変わり始めた。
「今年の全国開催地が東京都に決まった。そして開催地から一校推薦枠として全国大会への切符が与えられる」
「そして今回東京都が選んだ一校それが―――我が氷帝学園だ」
監督にいきなり電話で呼び出されて、告げられた言葉。
全国大会には行かれへんと思っとったから、その言葉が信じられへんかった。
そやけど、これで全国行きが決定したわけやない。
元部長である跡部が許可を出さへんかったら、全国には行かれへん。
正直、俺は無理やと思っとった。
なんせ跡部はプライドが高いし、素直にOKを出すやなんて思ってなかったから。
やけど、跡部の答えは俺の予想を裏切った。
「俺様と共に全国へついて来な!!」
コートのど真ん中で跡部はそう言った。
でも、そこにの姿はなかった。
めずらしいなと思って、辺りを見渡した。
そしたらコートの隅で、みんなの邪魔にならんとこで、階段に座って一人で肩を震わせてるを見つけた。
また泣いてる。そう、思た。
「」
それに気付いた跡部があいつの名前を呼ぶ。
は必死に涙を拭って、涙を堪えて笑おうとしてた。
やけど上手くいかんくて、泣きながら笑っとった。
目からは涙、鼻から鼻水垂らして、子供みたいに笑っとった。
お世辞でも可愛いと言える顔やなくて、普通女やったら泣き顔見せたくないもんちゃうん?
不細工になるからって、手で覆って隠そうとするもんやないん?
それが女やと、俺は思っとったけどは違った。
あいつはありのままの自分を曝け出しとった。
嬉しかったら、笑う。
悲しかったら、泣く。
腹が立ったら、怒る。
もちろん全部泣きながらやけど、隠そうとはせんかった。
「お前に全国、見せてやるよ」
跡部がそう言った時の、物凄く嬉しそうなの顔が頭から離れへんかった。
お世辞でも綺麗な顔やなかった。
お世辞でも可愛い顔やなかった。
ぐずぐず泣くあいつが俺は嫌いやった。
それでも、無邪気に、心から嬉しそうに笑うを見て喜ばせてやりたいと思った。
関東大会では、菊丸・桃城ペアに負けたけど、全国大会で俺が試合に勝ったらお前はどんな顔をする?
今みたいに笑ってくれるか?
それとも泣きじゃくるんか?
どんな表情を俺に見せてくれる?
ほとんどが好奇心やったと思う。
やけど、見てみたくて。知りたくて。
全国大会で絶対勝ってやろうと思った。
『ゲームセットウォンバイ忍足6−4!!』
審判が俺の勝利を告げる。
「アレ返されちゃたまんねーや・・・ところでけっこう熱い人なんスね。見かけによらず」
桃城から差し出された、血まみれの手を握った。
「アホか・・・はよ病院いきや」
試合で乱れた息を整えながら、ベンチに戻った。
そこには、心配そうな顔をしたが俺を見とった。
「お、忍足先輩・・・っ大丈夫ですか?」
の視線の先は俺の右手に向けられてた。
おどおどした様子で、その表情に笑みはない。
(なんや、笑ってくれへんのか)
・・・って、俺はこいつに何期待しとんのや。
そう思ったけど、やっぱり笑って迎えてほしかった。
あの笑顔が見たかった。
「折角勝ったのに、そんな顔せんといてーや」
無意識に、思わず口から零れ落ちた言葉。
言い終わった後にハッと我に返る。
(アホか、何言うてんねん・・・俺は)
女の子と話すことなんて他愛のない事。
緊張なんて微塵もせぇへんし、どんなくさい台詞でも照れる事なんてなかったのに・・・
妙に照れくさくて、俺は不自然にくおんから顔を背けた。
「お、忍足せんぱ・・・」
震えた声に視線だけに向けた。
また、泣いてる。
いや、今度は泣かしたに近いんかもしれへんけど・・・
「うわっ侑士がを泣かした!」
「最低ですね」
いつもやったら女を慰める一言や二言ふっと簡単に出てくるのに・・・
なんて声かけたらいいんかわからんくて、少し間があく。
そしたら、横から二つの声が割って入った。
岳人と日吉。
「人聞きの悪いこと言いなや」
溜息混じりにそう答えると、岳人は「くくっ」と笑いを堪えてた。
「ほら・・・鼻水、出てんで」
そう言って自分の白いタオルをに差し出せば、はタオルを見て少し唖然とした後、笑った。
嬉しそうな顔をして、俺を見て、笑ったんや。
に会って気付いた。
鬱陶しかったんやない。
素直に泣ける。素直に感情を表に出せる、お前が羨ましかったんや。
心を閉ざすことの出来る、俺。
ありのままの自分を、心を曝け出せる、。
俺と全く正反対のお前が羨ましかったんや。
「、泣きな。俺らは高等部で待っとるから」
あ り が と う
(たくさんの感情をくれた君へ)