「大丈夫だよ。絶対に手術成功するから!また元気になってみんなでテニスしよう、ね?」

あの時は純粋にそう思えたのに・・・
どうして今は・・・素直に精市を応援してあげられないんだろう。





精市の病気が発覚してから、私は毎日病院に通った。
学校のある日は放課後に。休みの日は面会時間の最初から最後まで。
少しでも精市を元気付けたくて。
来る日も来る日も病院に通った。
そして関東大会決勝の日、ついに精市の手術が始まった。
途中で大会を抜け出したみんなが駆けつけてくれて。
手術室の前で祈り続けた。
「無事に手術は成功しました」という主治医の言葉を聞いて、みんなで喜んだのを覚えてる。
嬉しくて、嬉しくて、泣いたのを覚えてる。
再びコートに立つ精市を見て、目頭が熱くなったのを覚えてる・・・





なのに・・・
最近は精市がテニスをしていることを素直に喜べなくなった。
全国大会が近付くにつれ、部内の空気はピリピリしている。
今が大事な時期なのはわかってる。
わかってるけど・・・

「あっ精市!今日ね、」
「ごめん、今急いでるからまた後で」

スッと私の横を通り過ぎる精市。
今回だけじゃない。
精市が退院してからずっとだ。
わかってる。
精市はテニス部をまとめる部長だから。
わかってる。わかってるけど・・・
寂しくて仕方ないんだ。

ねぇ、精市・・・気付いてる?
精市が退院してから私達、まともに喋ってないんだよ。
精市が入院していた時は私だけを見てくれていた。
私の目を見て、ちゃんと話も聞いてくれた。
テニスが出来るようになったから、もう私はいらなくなっちゃった?

精市は・・・

私は咄嗟に精市を追いかけて、その腕を掴んだ。
精市が振り返って、視線が交わる。
やっとその瞳に私が映る。

「私とテニスどっちが大事なの?」
「どうしたんだ、
「答えて」

精市の腕を掴む力を強める。

「・・・どっちが大事かなんて決めれない。俺にとってテニスは生き甲斐だから」

精市は目を背けることなく、真っ直ぐ私を見つめてそう言った。

「じゃあ・・・私はもういらないんだね」
「誰もそんなことは言ってない。テニスとを比べることなんて俺には出来ない」
「うそ・・・いつだって精市はテニスばっかりじゃない。精市が退院してから私達まともに話すらしてないんだよ・・・」
「・・・」
「精市が部長で大変なのはわかってる。だからずっと我慢してたっ・・・」

「精市の重みになっちゃだめだって、自分に言い聞かせてきた・・・」

目頭が熱くなる。
涙が止まらない。
想いが止まらない。

「こんなことなら・・・手術なんて成功しなきゃよかったんだ」

そうすれば精市は私だけをずっと見ていてくれた。
こんな思いをしなくてすんだ。
ずっと一緒にいられた。
止まることのない涙を拭いながら、ハッと我に返る。

今、私・・・なんて・・・言った・・・?

「せ・・・いち・・・私・・・」

思わず口に手を当てる。
今更そんなことをしたってもう遅いのはわかってた。
さっきまで私を捕らえてた精市の目が伏せられる。

「腕、離してくれないかな」

放たれた言葉にもう希望はなくて。
それは完全に私を見放した合図。
私は震える手の力をゆっくり抜いて、精市の腕を解放した。

「ごめっ・・・私・・・ごめんなさっ」

精市は私に背を向ける。

「ごめん、もう君とは一緒に・・・いられない」

そして精市の口から落とされた言葉に私は絶望する。
何も考えられなくて、そのまま床に崩れ落ちる。
もう・・・精市とは一緒にいられない?
自分で蒔いた種なのに現実が受け止めきれない。
もう涙すら出てこない。

ただ・・・ただ一緒にいたかった。
私を見てほしかった。
ただ、それだけなのに・・・

突きつけられた現実は自分が望んでいたものとは正反対で。
自分の軽はずみな言動で精市を傷付けた。
少しずつ小さくなる精市の背中。
手を伸ばせば届く。
けど、私にはもうそんな勇気も資格もない。

その言葉の重みは自分が一番よくわかっていた。
お見舞いに行った時、精市は上の空で窓の外をぼーっと眺めていた時が何度もあった。
私が病室を出た後、病室に置いてあるラケットを手にしてたね。
知ってたよ。
精市のテニスに対する思い。
いつだってテニスが精市を支えていた。
テニスをしている精市が好きだったから・・・痛いほどわかるんだ。
入院している時の辛そうな顔。
部長という役割を、責任を、果たせない無力さに苛立ちを感じていたのも、全部知っていた。
だから誰よりも、私は手術が成功する事を祈ってた。
また、精市がコートに立てる日を望んでいたのは私。

「こんなことなら・・・手術なんて成功しなきゃよかったんだ」

絶対言っちゃいけなかった、言葉なのに・・・
私は無残にも精市に投げ捨てた。
ごめんね、精市・・・
ごめんなさっ・・・





(私だけがあの頃に取り残されたままだったんだね)



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