出来る事なら景吾と一緒に新年を迎えたかったなぁ。
・・・なんて、叶わぬ願いを胸にしまって。

『5、4、3、2、1、明けましておめでとうございます!!』

私はテレビを見ながら、一人で新年を迎えていた。
テレビではみんな楽しそうに新年を祝っているのに、私は一人ぼっち。
なんでこんな寂しい事になってるかというと・・・





事の発端は冬休みに入る前。
それは終業式も終わって筆記用具やプリントを鞄に詰めている時だった。



名前を呼ばれて顔を上げると、そこには景吾が立っていて。
まだ教室に残っていた女の子達が黄色い声を上げる。

「どうしたの・・・?」

景吾が私のクラスに来るなんてめずらしい。
理由はそう、景吾のファンからいじめられないように、私を守るため。
付き合い始めのいじめは酷いなんてもんじゃなかった。
私物がなくなる事なんて日常茶飯事だったし、呼び出しくらって殴られた事もある。
運が良いのか悪いのか、たまたまそこを通りかかった景吾に目撃されてしまって・・・
それから出来てしまった、この暗黙のルール。
最初は付き合ってるのに距離を置かれるのはとても辛かった。
なんで私たちが我慢しなきゃいけないんだろうって。
でも時間が経てばそれは不思議と慣れてくるもので。
今では学校で話さないのが当たり前だったから、今目の前に景吾がいる事に驚きを隠せなかった。

「悪い・・・初詣行けなくなった」

私だけに聞こえるように囁かれたその言葉は、私の気持ちを落とすのに十分だった。

「・・・何かあったの?」

動揺する気持ちを抑えて、景吾に気付かれないよう平静を装って尋ねる。
「初詣に行こう」ってそう言ったのは景吾だよ?
景吾と一緒に過ごせる時間はすごく少ないから、楽しみにしてたのに・・・
景吾は申し訳なさそうな顔をして口を開いた。

「家で急遽パーティーを開く事になった」

ああ、そうだ。
跡部は跡部財閥の御曹司で、未来の社長だから。
きっとそのパーティーにはお偉いさんがたくさん来て。
私には想像しがたい世界が景吾には待ってるんだ。
改めて格の違いが突きつけられた気がした。

「・・・だから」
「うん、わかった」

景吾が全て話さなくても、もう言いたい事はわかっていたから私は「大丈夫、気にしないで」と付け足して笑った。
付き合い始めた時からある程度覚悟はしていた。
景吾のファンからいじめられる事も、景吾との格の違いも。だから、大丈夫。





―――だと思ってたんだけどなぁ・・・・
いざ一人になってみれば寂しいもので。
無意識にスマホを確認してしまう。
もしかしたら景吾から連絡が来るんじゃないかと淡い期待を抱いて。
・・・来るわけないのにね。

「・・・もぉー!」

ベットに飛び込む。
今頃景吾は何してるんだろ・・・お偉いさんと挨拶してるのかな、美味しいもの食べてるのかな。
自分で「大丈夫」って言っときながらこの様だもんね。
あの時素直に「会いたい」って言えば会えてたのかな。
・・・けど、私はそんな可愛いこと言えるキャラじゃないし。

「会いたいなぁ・・・」

元旦というものは寂しい気持ちを倍増させる力があるのか。



PPPPPPPP♪



突然、静かな部屋に機械音が鳴り響く。

(・・・っ、まさか・・・!)

願いが届いた?!期待に胸を膨らませ、スマホを手に取る。
鼓動が高鳴る。そこに表示されていた名前は・・・

”跡部景吾”

「っ―――、」

なんで、どうして?
一切連絡取れないって言ってたのに。
応答ボタンをタップする手が微かに震える。

「も、しもし・・・」
『俺様から電話がかかってくるの待ってただろ、あーん?』
「・・・けい・・・ご?」
『あん?』
「何が『あん?』だ、似非眼鏡」
『ひどっ!これ立派なお洒落やねんで!・・・あ、バレてもうた』
『っぶははは!もうバレてやんの!』

電話の向こうからは笑い声が聞こえる。きっと向日だ。

『堪忍な、悪気はなかってん。何しとったん、自分』
「・・・テレビ見てました」
『うわっ寂しいやっちゃな』
「っ、うるさい!」

そんなの言われなくてもわかってるよ!

「で、そのスマホどうしたの?」

なんで景吾のスマホを忍足が持っているのか。

『ああ、これな。昨日部活終わった後、跡部すぐ帰ってもうて部室に忘れていったんや』

そういう事か。
でも、景吾が忘れるなんてめずらしい事もあるんだな。
余程、急いでたって事・・・?

『やから、跡部のスマホにかけても俺が持ってるから意味ないでって言おうと思って』

(なら、さっさとその事を言え!)

景吾だと思って期待に胸を膨らませ、心躍らせていたら電話の向こう側は忍足+αで。
さらに、唯一の連絡手段である景吾の携帯は忍足が持ってるときたもんだ。
ああ、新年早々ついてないかも・・・

『おい、
「んあっ、はい?・・・あれ、宍戸?」
『おう。お前暇なんだろ?今忍足ん家なんだけどよ、お前も来るか?』

(気を遣ってくれてるのだろうか?)

「でも、みんなで楽しんでるとこ邪魔したら悪いし・・・」

それに、景吾が―――

『んあ?いや、そんなこと気にする奴らじゃねぇし、って』
『おー!、明けおめー!』
「む、向日?」
『おう!お前も来いよ!楽しいぜ』
「うん、でも・・・」

景吾がいないのにレギュラーのみんなと過ごしていいものだろうか。

『跡部なら大丈夫だって!スマホなけりゃお前と連絡取れないだろうし、先に侑士ん家に来ると思うぜ?』

私の考えていた事を読み取ったように、向日は答えた。
向日って・・・意外と鋭かったりする?

「でもそもそも忍足がスマホ持ってるって知らないんじゃ・・・」
『んー・・・大丈夫だろ!あいつインサイト使えるし』

(んな、めちゃくちゃな!!)

「あははっ、向日それめちゃくちゃすぎるよ」
『え?そうか?とにかく来いよな!待ってるから!』
「・・・うん、わかった」

「じゃあ、あとで」とフックボタンをタップする。
みんな私が一人だという事に気遣ってくれてた事が、素直に嬉しかった。
私はクローゼットから服を取り出して、着替える。
コートを羽織って、マフラー巻いて、しっかり防寒対策を施して部屋を出る。
両親に「友達の家に行ってくるから」と一言告げて、玄関のドアを開ける。
外に出た瞬間、郵便ポストからはみ出た白い紙切れが目に入った。
あれ・・・年賀状にしては早過ぎるよね・・・だって、今さっき年が明けたばかりで・・・
恐る恐るポストからそれを取り出すと、筆ペンで綴られた綺麗な字が目に入った。
誰からかなんて字を見ればすぐにわかった。

「え、景吾?」

『明けましておめでとう。
初詣の件は俺のせいで寂しい思いをさせてしまって悪かった。
忍足の家で大人しく待っとけよ。
こっちが終わり次第、迎えに行くから。』

・・・なんで?
なんで景吾が忍足の家に行くことを知ってるの?
よく見ると、年賀状には郵便局の判子が押されてない。

『昨日部活終わった後、跡部すぐ帰ってもうて』

これを私の家のポストに入れる為に?

『部室に忘れていったんや』

じゃあ、スマホを忘れたのはわざと?それなら辻褄が合う。
景吾は私が寂しい思いをしないようわざとスマホを忘れて、忍足に連絡させるように仕向けて・・・
あの電話の様子じゃ、忍足はきっと跡部の思惑なんて知らないと思う。
忍足はなんだかんだ言って優しいから。一人の私を誘うだろうって予想したのだろうか。
さすが。すごいわ、インサイト。
裏を見ると、大きな文字が目に入る。

『今年も俺様に酔わせてやるよ。覚悟しとけ。』

やばい、顔が緩む。視界が歪む。

「こっちは宛て先書くとこだよ。景吾のバカ・・・」

少し非常識で、ナルシスト。強引で、我が道を行くって感じのあの景吾が私の為に年賀状を書いてくれたなんて嬉しすぎる。
いつ書いたんだろうか、自分の部屋で文章を一生懸命考えて書いてくれたのだろうか。
その姿を想像するだけで、心が温かくなる。顔が緩む。
今、真夜中でよかったと心の底から思った。きっと嬉しさと涙で私すごい顔してる。

「悪い・・・初詣行けなくなった」

あなたの言葉一つで私の心は鉛のように重く落ちていく。

「今年も俺様に酔わせてやるよ」

あなたの言葉一つで私の気持ちは羽のように軽く舞い上がる。

本当単純だね、私ってば。
あなたのその不器用な優しさが好き。
自信家なところも、努力家なところも、嫉妬深いところも全部好き。



明 け て も 暮 れ て も

(こちらこそ今年もよろしくね)



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