「あ、向日さん!ジローさん来ましたよ!」
「ほんとだ!おーい、ジロー!見つかったか?!」
「今、跡部んとこ行った!もう大丈夫」

それぞれの想いを乗せて風は吹く。



B l u e  S k y



シンデレラはずっと、こんな想いで待っていたのかな。
会いたくて、会いたくて。
けど、シンデレラは王子様に自分が昨夜踊った者だと伝える事は出来なかった。魔法はもう解けてしまったから。

ねえ、景吾・・・
気付く事が出来なくてごめんね、馬鹿でごめん・・・
でも今あなたに伝えるから。
想いを伝えにいくから。




テニスコートが視界に入る。その瞬間、奇声と喚声が入り混じった声が辺り一面に響いた。
鼓動が高鳴る。不安がよぎる。
フェンスの周りはどこも人だかりで、私は人の間をかき分けて、目の前に見えたフェンスを掴む。カシャンと音が響いた。

「忍足マッチポイント」

自分の耳を疑った。誰が想像しただろう、この結果を。
決して忍足くんが弱いとかそんなんじゃない。“氷帝の天才”とまで言われていて、彼が強い事は誰もが知ってる。
けど、景吾はそんな忍足くん達の上に立つ人間だ。そんな人が忍足くんに負けるはずがない、負けちゃ駄目なんだよ・・・!

「・・・っ景吾!!」

気が付けば、私は精一杯声を張り上げていた。
景吾や忍足くんだけじゃなく周りの人達の視線までもが私に集まった。でも今はそんな事、気にならなかった。
景吾はもうボロボロで、見ているだけで辛かった。
涙が出る。

「バーカ、泣くんじゃねぇよ。その涙は俺様が勝った時に残しておけ」

優しく笑って、彼は構えた。

「待たせたな、忍足。本気で行くぜ?」
「そうこな。ほないくで」

忍足くんが投げたボールが高く宙を舞う。
接戦が続く―――。
2人はもうボロボロで、だけど必死に一つのボールを追っていた。
ボールがラインで跳ねて、フェンスがカシャンと音を鳴らす。振動が伝わる。

「40−15」

審判の声が響く。

「そうでないと、おもろないわ」

忍足くんは不敵な笑みを浮かべる。
景吾の反撃が始まった。
あまりにも展開が速くて私はボールを目を追うのでいっぱいいっぱいで。
鋭い眼差しでボールを追いかける。胸が熱くなる。

「跡部マッチポイント」

今度は景吾が王手をかけた。
ネットの上を黄色い球が飛び交う。
私も周りのギャラリーも自分の事のようにハラハラしながら、その瞬間を見逃すまいと必死に目で追った。

(景吾、景吾、景吾、)

祈るように、呪文のように唱えた。
その瞬間、景吾がスマッシュを決めた。

「ゲームセット跡部7−5」

審判の声に歓声が沸き起こる。
けど、私は複雑な気分だった。景吾が勝って嬉しい、嬉しいけど・・・

(忍足くん・・・)

私は歓喜に湧く人々を掻い潜って、テニスコートの中に入った。
ネットを挟んで会話する2人のもとに駆け寄る。

「やっぱ跡部には敵わんなぁ」
「おい、最後なんで返さなかった」
「ん?」
「なんで羆落としを使わなかった」
「俺が負けたからや」
「あ?」
「お前もわかっとるやろ。自分の名前がコートに響いたあの瞬間、もう勝負は決まってたんや」
「・・・」
ちゃん」

急に名前を呼ばれて、びっくりして心臓が飛び出そうになる。
忍足くんはゆっくりこちらに向かって歩いてきた。

「急にあんな事して悪かった、ほんま堪忍な」

申し訳なさそうにする忍足くんに、私は心が痛んだ。
謝らなきゃいけないのは、お礼を言わなきゃいけないのは私なのに。

「忍足くん・・・私、忍足くんと一緒に劇出来て本当に良かったよ。ありがとう」

ちゃんと言えた。自分の想いを伝える事ができた。
景吾に置いてけぼりにされた夜も、景吾と連絡が取れなかった時も、劇で緊張した時も、優しくしてくれたのはいつだって忍足くんだった。
どれだけ心救われたかわからない。

「ほんま、ちゃんには敵わんなぁ」

そう言って少し微笑んで、忍足くんはコートを後にした。

「おい、

その声に私は振り返る。すぐ目の前に立つ景吾。その瞳に私の姿が映る。

「待たせたな」

そう言う景吾はいつもと何ら変わりなくて。私は嬉しくて笑みを零した。

、綺麗だぜ」

真っ白いドレスは走ったせいで裾が茶色く汚れ、頭も乱れてぐちゃぐちゃだった。
お世辞でも綺麗と言える状態じゃなかった。それでも景吾は私を綺麗だと言った。
景吾が必死に選んだ言葉なんだろうなと思うと、愛おしくて。
景吾はいつもと変わらない、不敵な笑みを浮かべる。
素直に言葉を伝える事が出来るようになるのは、当分先かもしれない。
けれど、どんなに遠回りしても、どんなに傷付いても、逃げたりはしない。



私はシンデレラ。
今なら伝える事が出来る。
私が昨夜あなたと踊った者だと。
私が愛しているのは、あなただけだという事を―――。



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