最後にシンデレラは王子様と結ばれて、幸せに暮らすんだ。
それが物語の終わり。
だけど、その王子様は一体誰・・・?



L i m e  L i g h t



総勢何人いるだろう?千人くらいは軽くいるだろうか?
そんな大勢の前で私の唇は忍足くんに奪われた。
静寂が辺りを包む。
残っているのは、唇の感触と・・・忍足くんの言葉だけ。
突然、腰に手を回され後ろに引き寄せられる。

「人の女の唇を奪うなんて、いい度胸してるじゃねぇか。あーん?」

聞き覚えのある声。少し低くて、人を見下したような独特なその口調。
聞き間違えるはずがない。
ずっと探してた声、ずっと会いたかった人。

「景吾・・・!」

次から次へと予測不能な事が起きて、思考回路がついていかない。
景吾に話したい事が山のようにあったはずなのに、言葉にならない。

「なんや、自分おったんかいな。ずっと逃げ回っとるから帰ってこんかと思ったで」
「あん?俺様が逃げるわけねぇだろうが、言葉を選んで喋るんだな」

2人のピリピリとした空気に辺りは静まり返る。

「でもちゃんを傷付けてた事には変わりないやん。小さい事でいちいちキレて」

景吾はその言葉に黙り込んだ。

「肝心な時に傍におらんのやったら、俺がもらう」

みんなの視線が景吾に集まるのがわかった。景吾は真剣な顔でいつもの余裕さなんてなかった。

「まあ自分秘密主義やからな。彼女にも言えん事をこんな大勢の前で言うはずないんはわかっとるけど・・・」
「・・・忍足、てめぇ」
「言えんのやったら行動で示してくれんか?俺とテニスで勝負するんや。自分が勝ったら俺は手を引く。もし俺が勝ったら、」
はお前に渡す、だろ?」

景吾の言葉に私は目を見開く。
今なんて言った・・・?

「そういう事や」

え、ちょっと待ってよ。私の気持ちは?
そう言いたかったのに言葉にならない。声を出せる雰囲気でもなかった。

「おい、一つだけ聞くが俺の気持ち知っててこんな事したのか?」
「ああ、そうや」

忍足くんが躊躇わずに答えた。私を置いてどんどん話が進む。

「なになにー?今から試合すんの?」
「おい!ジロー!お前黙っとけって!」
「そうですよ!ジローさん!」

慌てて向日くんと長太郎くんがジローくんを止める。
その様子を見ていた景吾が少し笑って言った。

「バーカ。そんな事で怒ったりしねぇよ」

(ねえ、どうして、そんな悲しそうな顔・・・)

いつだって景吾は自信に満ち溢れていて。弱味なんかちっとも見せてくれなくて。
それが私の、いやみんなの知ってる“跡部景吾”だった。
それが今は別人のようで。
一体どうしたの?何があったの?私にすら話してくれないの・・・?
戸惑いが隠せない。そしてまた私はそんな景吾に声を掛けてあげる事も出来ない。
自分が腹立たしくて、悔しい。

「おい、忍足。その勝負受けて立つぜ。今から10分後コートでな」
「、了解」

景吾は踵を返して、舞台の袖に向かった。

「ちょ・・・景吾っ・・・」

思わず景吾の後を追っていた。舞台裏は電気がなく真っ暗で・・・光の差に目が霞む。

「・・・景吾っ・・・景吾ってば!」

何回か名前を呼び、景吾はやっと足を止めてくれた。そしてこちらを振り返る。

(な、何か言わなきゃ・・・)

呼び止めたのは私の方。呼び止めて何も言わないのはおかしい。
言葉が出ない。思ってる事、伝えたい事は喉まで出掛かっているのに声にならない。

「悪かったな、辛い思いさせて」

そう言って景吾はそっと私の頭を撫でた。

「けい・・・」
「ちゃんとけじめつけてくるから」

そう言い残して、景吾は体育館の裏口から出て行った。

(けじ、め・・・?)

体育館から少しずつ騒めきが消えていった。
みんながコートに向かった事はわざわざ確認しなくてもわかった。
ふと、舞台に目をやる。忍足くんの姿はなかった。
きっとコートに向かったのだろう。テニス部のみんなもいない。
そっと舞台に戻り、光の中に足を踏み入れる。
会場はがらんとしていて誰もいない。

私は体育館の裏口を抜けて走った。
どこを目指すわけでもなく、ただただ走った。
ドレスの裾が足にまとわりついて走りづらい。
そして私は人影のない場所で崩れ落ちた。
それと同時にテニスコートの方から喚声が聞こえた。
きっと景吾と忍足くんの試合が始まったんだ。
けど、見る気にはなれなかった。
私の知らないところで何かが変わっていくのが怖かったんだ。



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