私はシンデレラ。
あなたと過ごした楽しい時間を夢に見て、あなたが迎えにきてくれるのをずっと待っているの。
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裏口からそっと体育館に入った。
幕は降りていて、舞台では忙しなく男子達が準備に取り掛かっていた。
体育館から騒めきが聞こえる。その声に導かれるように幕の裾から体育館の様子を伺った。
そこは人の海だった。あまりの人の多さに自分の目を疑う。
こんなにたくさんいる中でシンデレラを演じないといけない。
(・・・私に出来るの?)
不安と緊張が入り混じる。心臓がばくばくと音を立てる。
やばい、台詞飛びそう・・・手が震える。
幕の裾を握る手に力が入る。
「うわーすごいなー」
私の耳元で誰かが囁いた。心臓が飛び出そうになる。
「え・・・!」
振り向くと横には忍足くんの顔。
忍足くんは私の目線まで屈んでいて、今にも肌と肌とが触れ合いそうで・・・
「ちょ、お、忍足くん・・・!」
(顔がものすごく近いんですけど・・・!)
「ん?なんや照れてんのか?」
忍足くんは私の様子を見て少し笑い、背筋を伸ばす。
そして私の姿を見て「なんやほんまに召使いみたいやな」とまた笑った。
直後に開始ブザーが体育館に鳴り響く。
時計を見ると、11時。
(え、ちょっとまだ心の準備が・・・!)
私の緊張と焦りは、きっと顔に出ていたのだろう。
忍足くんはそっと私の頭を撫でた。
「大丈夫、ちゃんなら出来るよ」
そう言って反対側の袖に移動した。
(さっきまでからかってたくせに、その笑顔は反則だよ・・・)
みんなで作り上げた劇を失敗させるわけにはいかない。
(落ち着け・・・)
自分に言い聞かせて深呼吸する。幕が上がる。
「大丈夫、頑張れ」とみんなが後押ししてくれる。
照らされた光の中に足を一歩踏み入れた。
「あーちゃんだC!頑張れー!」
聞き慣れた声に私は思わず客席を見る。1番前の席にはテニス部のみんながいた。
その姿を見て緊張と不安と焦りで絡まった糸が解けていく感じがした。
(大丈夫、いける―――)
みんなにだけわかるように小さく微笑んで、最初の台詞を言った。
景吾は探す事はしなかった。居ないのはわかっていたから。
事の発端はこの劇からなんだ。その劇を景吾が観に来てくれるはずなんてない。
思っていたよりすらすらと台詞が出てきて、話はどんどん進んでいく。
継母に虐められ、けど、夢見る事をやめられなくて。
いつか王子様と踊れる日がくるとそう信じて・・・
シンデレラと私の想いがシンクロする。
話は順調に進み、シンデレラは魔法使いに素敵な馬車とドレスを与えて貰う。
魔法使いが魔法の呪文を唱えると同時に幕が降りていく。
幕が降りると同時に私は袖に引き返した。
急いで友達が用意してくれたドレスに着替える。そして三角巾を外し、小さな冠に付け替えた。
舞台では男の子がセットを片付けて、お城のセットを用意していた。
楽しい。
いつの間にかそう思えるようになっていて。
きっとこれは忍足くんやジローくん、テニス部みんなのおかげだなと思った。
そして再び幕が上がる。
反対側の袖から、忍足くんが現れた。
観客席の女子達の歓声が体育館に響き渡る。みんなが叫ぶのもわかる。
さっき別れた時はまだ眼鏡も髪型もそのままだったのに、今はいつもかけていた眼鏡を外し、髪の毛もセットされている。
それだけでも十分かっこいいのに、その上王子様ときたもんだ。
「・・・かっこいい」
私はそう無意識に呟いていて、ハッと我に返る。
(何言ってんの!私には景吾が・・・!)
・・・景吾が・・・何・・・?
今の私に景吾が彼氏っていう資格がある?
ないじゃない。避けられてるし、連絡もない。
景吾に出会う前と同じ・・・いや、それよりもっと酷いかもしれない。
折角楽しかった気持ちが、また沈んで落ちていく・・・
「侑士ー!伊達眼鏡はどうしたんだよー!」
体育館に向日くんの笑い声が響いた。
「岳人、あれは伊達眼鏡ちゃう!俺の身体の一部や!」
忍足くんの台詞に観客席から笑いが生まれた。
そして忍足くんとふと視線が合う。すると彼は口端を上げ、微笑む。
(あ、行かなきゃ・・・)
再び舞台に足を踏み出す。照らされた照明が眩しい。
さっきまで笑い声で溢れていた観客席が静寂に包まれる。
(え、何・・・?)
何故、観客席が突然静かになったのか、私は不安になる。
そしてぼそぼそと話し声が聞こえて、それが波紋のように少しずつ広まっていく。
(っ、怖い・・・!)
自然に顔が強張る。
その不安を恐怖を吹き飛ばしてくれたのは、またあの声だった。
「ちゃん、かわEー!」
「ジローくん・・・」
その声の方にゆっくりと目をやる。
「似合ってんじゃん!」
「先輩、綺麗ですよー!」
「!何固まってんだ!気合入れろ!」
「あ!そんな事言って宍戸さん、さっき綺麗って言ってたじゃないですか」
「ばっ長太郎・・・!」
「みんな・・・」
そしていつしか観客席の静寂が歓声へと変わる。
「お手をどうぞ」
差し出された手の上にそっと手を重ねる。
すると、ぐっと引き寄せられた。
「うわっ・・・!」
「綺麗やで、ちゃん」
観客席には聞こえないよう、そっと耳元で囁かれる。
身体が熱くなる。照明の熱さだけじゃない。
忍足くんはふっと微笑み、私の腰に手を回した。
(あ、劇・・・!)
急いで左手でドレスを持ち上げ、流れる優しいメロディに合わせ踊った。
ここはシンデレラの夢の中。
光に包まれて、王子様の手の温もりを感じて、優しいメロディの中、夢を見る。
目の前いる王子様しか目に入らない。
ただそこにいるのは王子様と私だけ。
そんな感覚に陥った私を現実に引き戻す。
ゴーン。
時計の針が12時の方向に重なって、夢は醒める。
我に返った私は、王子様の手を振り解いて別れを告げる。
「帰らなくては・・・」
そう一言言い残して、ドレスを翻し、袖に戻る。
はずだった・・・
不意に右腕を捕まれて、私は驚いて振り向く。
そこには今まで見たことのない、真剣な顔をした忍足くんがいて。
ぐっと引き戻されて、忍足くんの胸に飛び込む。
みんなが唖然とする。
それもそうだ。シンデレラのシナリオにこんなシーンはない。
有名な物語だ、誰もが知ってる。
「お、したり、くん・・・?」
何がなんだかわからない。
頭の中真っ白で。
私はただ身を委ねる事しか出来ない。
気付けば、唇にそっと口づけが落とされていた。
「好きや、」