風が吹くと少し肌寒くて、木々は鮮やかに色付けされている。
そんな秋の夕暮れ。



S e e s a w  G a m e



「そういや、お前のところは文化祭で何するか決まったのか?」
「うん、今日決まったよ」
「・・・劇か?」
「そう、シンデレラ」

今日はめずらしくテニス部が休みで、私は久しぶりに景吾と一緒に帰っていた。

「シンデレラ?あのガラスの靴を落とすやつか?」
「そうだよ。よくわかったね、うちのクラスが劇やるって」
「俺様には、なんでもお見通しなんだよ」

(じゃあ聞かなくてもシンデレラやるってわかってたんじゃ・・・)

なんて疑問が頭をよぎったけど、そこはあえて触れない事にした。

「そういう景吾のところは?」
「貴族風の喫茶店だとよ」
「え、じゃあ景吾も貴族の格好するの?」
「ああ」
「うわー見たかったな・・・」
「んなもん、いつでも見れるじゃねぇか」
「学校で見るのとじゃ、また違うよ」

そう、景吾の家にはそういう類の服がごまんとあって。
頼めばいつでも見れる。
けど、学校と家とじゃやっぱり雰囲気が違うんだよな・・・
けど、私の気持ちが景吾に伝わる事はない。

「で、王子役は誰がやるんだ?」
「え・・・お、忍足くんだけど・・・」

一瞬、沈黙が流れた。

「ハッ、あいつが役を引き受けるなんてめずらしい事もあるんだな」

そう言って景吾は笑った。

「きっと中学最後だからじゃないかな。でもクラスの女子達はすごく喜んでたよ。男子達もさ、」

話を延ばそうと他愛のない事を話し続けた。話し終わったら、次にくる質問は決まっている。
言えるはずがない、私がシンデレラ役だなんて。
言ったら、人一倍やきもちやきな彼は怒るに決まっている。
景吾を納得させられる言い訳はまだ用意出来ていない。
だから今バレる事はなんとしても阻止したくて。
きっと今の私はものすごく不自然だと思う。
景吾の顔が少し歪むのがわかった。

「シンデレラ役に何かまずい事でもあるのか?」

完璧に的を射抜いた質問だった。
一息ついたその瞬間を景吾は見逃さなかった。

(・・・駄目だ、もう誤魔化せない)

何か言わなきゃ、そう思うほど言葉は出てこなくて。
2人の沈黙を破るように、景吾がポケットからスマホを取り出す。
その様子を目で追う。景吾は何も言わず、画面をタップしてスマホを耳に当てた。
ふと、嫌な予感がした。

『はい』

スマホから微かに声が漏れて聞こえた。
耳を澄ましてその声を聞く。

「忍足・・・てめぇどういう事だ」

(やっぱり・・・!)

嫌な予感は的中してしまった。

『どういう事って・・・自分めっちゃ機嫌悪いやん。どうしたん?』
「あーん?どうしただと?」

ピリピリした空気が流れる。
景吾の怒りが手に取るようにわかる。
けれど、私に止める事は出来ない。
というか、私が止めに入ったところで止まるわけないんだけども・・・!

「なんで文化祭でお前の相手がになるんだよ」
『それかいな。いや、クラスの子が王子役やれってうるさくて』
「ああ?」
『ほんなら王子役やるから姫さんは俺に選ばしてって言うたら、すんなり通ってもうてな』
「そこでを選ぶ必要はないだろ」
『跡部、ちゃんのドレス姿見たいかなー思てんけど・・・』
「そんなもん俺様はいつでも見れんだよ。シンデレラ役は別の女に頼め、わかったな」
『・・・もしかして、跡部やきもちやいてんの?』

鼓動が早くなる。

(忍足くん、お願いだからそれ以上景吾を挑発しないで・・・!)

「あーん?誰に向かって言ってんだ?俺様以上にいい男なんてこの世にいねぇんだよ」
『じゃあええやん。俺なんか跡部からしたらちっぽけな存在やろ?心配する事ないやん』
「・・・」
『あ、俺ちょっと用事あるから切るで。堪忍な、ほな』

ブツッ・・・ツー、ツー、ツー、

電話の切れた音だけが寂しく響き渡る。

「景吾・・・?」

恐る恐る景吾に声を掛ける。
半年付き合ってるのに、未だこういう時どう対処したらいいのかわからない。
何も声をかけられない自分がもどかしい。
だけど何とかしないと。焦れば焦るほど上手く言葉にならない。

「先に帰る」
「・・・えっ」

そう一言言い残して、景吾は行ってしまった。

(え、うそ・・・)

道端にぽつんと一人佇む。
虚無感に襲われると同時に、言葉にならない怒りがこみ上げてくる。
それは誰に対して?
こんな事で怒る景吾に?
景吾の機嫌を逆撫でする忍足くんに?
それとも・・・
こうなるとわかっていて断りきれなかった自分に?
考えれば考えるほど深みに嵌まっていく。
空を見上げれば、日が落ちかけていて暗闇が襲ってくる。
それはまるで私の気持ちを描写したかのような空の色。

(とりあえず帰ろう・・・)

街灯の灯りがぽつぽつとつき始め、その灯りに照らされた道を一人で歩く。
本当は景吾と一緒に歩くはずだった道を。

(景、吾・・・)

乾いた風に自然と目が潤む。
冷たい風が吹く度に寂しさがこみ上げてくる。
あと少しで家に着くところで、ふと人影に気付く。
誰かが家の前の塀にもたれかかっている。

(誰・・・?)

私に気付いたのかその人影は塀から背を浮かせて、こちらに歩いてくる。
家の前の街灯に照らされ、顔が露わになった。

「お、したり・・・くん・・・?」

どうしてここに忍足くんが・・・?
私が呆然と立ち尽くしていると、そのまま忍足くんが近付いてきた。

「・・・泣いてたんか?」
「な、泣いてないよ!」

急いで目に溜まった涙を拭った。

「俺のせいやな・・・すまん」

意外な言葉に驚きを隠せなかった。

「え・・・?」
ちゃん一人で帰ってきたんやろ?俺がさっき跡部を挑発するような事、言うてもうたから」
「そ、それで来てくれたの?用事は・・・?」
「あー・・・丸聞こえやったか。用事は嘘や、ほんま堪忍な・・・」

忍足くんは申し訳なさそうにそう言って。
なだめるように私の頭に手を置いた。
その手の温もりにまた涙が出そうになる。

「ごめんね、もう大丈夫・・・ありがとう」

緩む涙腺を必死に堪えて、これ以上忍足くんが心配しないよう笑った。

「・・・そうか。ほな、また明日学校でな」
「また、明日ね」

そう言って忍足くんは私に背を向け、歩き出した。
私はその背中を見送りながら、誓った。
明日、景吾とちゃんと話そう。
やましい気持ちがあるから隠していたんじゃない。
けど、景吾の不安をちゃんと拭いきれなかった。
シンデレラ役を断りきれなかった自分にも落ち度はある。
だから、本当の事を、私の気持ちを、ちゃんと景吾に伝えるんだ。
私は決意と共に、爪が食い込むくらい強く拳を握った。



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